「グローバルPMへの窓」(第178回) リスクマネジメント雑感
かなり前に、シニアライフの「きょういく」、「きょうよう」の必要性について書いたことがある。それは「教育」、「教養」のことではなく、居住地の市役所から「今日行くところがありますか」、「今日、用事がありますか」とアンケート調査があったという話で、シニアの間では、一種の共通語のようだ。
仕事が3ヵ月半も休みであると、たしかにこの言葉が重みを持つ。80歳台に突入したが、2023年度の研修や講演などを無事終えた安堵感があるし、ポンコツボディを休めて疲労感を少し取り去る効果はあるが、実戦までに時間が空くと色々なリスクのことも頭をよぎる。2024年度の研修が無事にできるかという技術的なことより、6時間の研修を数日続ける集中力がこれまで通り維持できるかという心配である。常に前進、とポジティブに捉えることができた70歳台後半にはあまりなかったリスク感覚である。結局やってみないと分からないのであるが。
プロジェクトマネジメントをやる上でリスクマネジメントは大変重要である、という概念は、プロジェクトをやる人は普通に持っている。しかし、何をしたらよいか、いまひとつピントこないということもあろう。
リスクは f (あるリスク事象の特定, リスクの現実化可能性, リスク出現時のインパクト)と表現される。筆者の観察では、ビジネス人に経験が15年程度あれば、リスク事象の特定とリスクのインパクト(追加コストや所要時間追加)の概算は、それほど難しいことではないと思えるが、リスクの現実化に関する確率予測は、経験があっても難しい。予測手法としては、コンピュータ上で乱数を多数発生させて、発生確率の予測精度を高めるモンテカルロシュミレーションがあるが、これは大規模プロジェクト以外では活用しにくい(複雑さ、コストの面で)。
簡単にできる代案は、PERT法で、特定タスクの所要期間やコスト見積もりなどに対して(楽観値x1+最出現可能値x4+悲観値x1)/6で求める。単一見積りのリスクを軽減するのが目的であるが、一人の担当者が、3つの値を入れるのでは信頼度が低くなる。ベテラン3人が数値を入れてこそ有意なリスク調整型見積となる。
ここで言いたいのは、リスクとは悪い不確定事態の予測ではなく、結局可能性(probability)の推定ではないかということだ。それゆえ、ビジネスでリスク対策(risk mitigation measures)を組み込むか否かは、事業者やプロジェクトマネジャーのリスクポジション(risk tolerance position; ポジティブ・リスクテーカー、リスクヘッジャー、アベレージ・リスクテーカーのいずれか)による。筆者があと何年教える活動を続けられるかを推測する際にもPERT法を使用する。その際、3人で数値を出すことは、この際適切でないので、最可能値について、ある種の信頼度の高い公的データを使う。
現代のリスクマネジメント論は、リスクには、伝統的に捉えられてきた、好ましくない不確定要素(negative risk)と機会(positive risk)の両方がある、と説いている。ネガティブリスクの発生をできるだけ抑えることと共に、機会をうまく捉えることによるゲインを得る。この両方が必要だ。
筆者が極めて長く教員・講師活動を続けられた背景を探れば、一つは活動を支える環境整備を前向きに行ったこと、つまり現在価値(NPV: net present value)理論に基づき、新たなツールや環境の機会をできるだけ前倒しに活用開始したことで、例としては、膝にトラブルを抱える筆者の強い味方であるコミュニティバスやタクシーの利用、パーソナル医療ネットワークの構築(かかりつけ医の他、歯科医、眼科医、整形外科医、睡眠メディカルクリニックなど)、OA環境の充実(高機能PCを使う、オンライン会議用ツールの整備、10ギガ光通信への切り替え)があげられる。
一方、教員・コーチとしての案件ポートフォリオの多角化によるリスク分散並びにビジネス継続性もうまく出来た。たとえば、文部科学省は複線型キャリア設計の重要性を今説いているが、筆者は、会社員時代、第一線社員が嫌がる業界活動にプロジェクト・サービス部門の管理職の務めとして取り組んだことで、プロジェクトマネジメントの体系化というキャリアの柱ができたし、また、会社でプロジェクト契約の一環で行っていた海外顧客エンジニアのオフJT研修(英語)の経験や海外顧客への年間50回以上のプレゼンテーションで得たワザが生きて、物事を俯瞰してあるいは抽象化して教えるスキルを身につけ、両方が相まって大学院で客員教員の道が開けた。また、教える大学の多角化、つまりフランス→ウクライナ3校→ロシア→セネガル→日本3校と段階的に教える場を拡大しとことによりリスク分散ができて教える道は途絶えなかった。過去5年は、年齢を考えての海外ビジネス人に向けた日本で行う制度研修へのシフトも奏功した。
グローバルPM界で長く活動するには、誰をパートナーにするかが大事であるが、PMIやIPMAの幹部達をターゲットとする際には注意が必要である。PMIやIPMA(グローバル機構)は幹部に任期があるので、特定のプイレイヤーの制度的な権威は任期終了と共に減滅する恐れがある。ただし、欧米以外の、いくつかのナショナル協会は創設者=半永久会長という伝統があることも事実である。
一方の学の方では、一度できた学者の権威は減滅することはないが、大学あるいはPM過程は、今時、ゴーイング・コンサーンではない。筆者が客員教員を務めていたフランスの大学院の修士課程では、2011年にフランス人と英国人以外の客員教授(米国、オーストラリア、カナダなど)の科目は、コストの理由であろうが一斉に廃止となり、また、その後担当していた博士課程も純粋PM専攻はコロナ禍でなくなった。ウクライナの三大学は現存しているが、戦争当事国で、とても外国人教授が教えられる状況ではない。ロシアの州立大学は2015年に、政府の命令で、他の州立大学に吸収されて消滅した。セネガルの大学院は、学長代行が2020年に急逝し、休校となっている。
幸い大学院については、筆者の企業の定年以降に、日本で、筆者の欧州での教育実績が評価されて客員教授の道が開けて教える道は閉ざされなかった。しかし、80歳になり客員教授を務めるのは異常であるので、昨年3月を以て最後の職の返上を決めた。そして、65歳まで企業人であり、数か国で数十カ国の学生を教えて経験を活かした、また、最初はしぶしぶやっていたODA研修も回を重ねるうちに興味が深まり、今は二つの協会で海外ビジネス管理職向け研修コーチができている。
ビジネスや生活の危うさを認識する、そして危うさの程度がどのくらいかを確率で推測する、それがリスクマネジメントの始まりであると認識したい。 ♡♡♡
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