理事長コーナー
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日本流DXのすゝめ

PMAJ 理事長 加藤 亨 [プロフィール] :3月号

 日本はDX(デジタル変革)が進んでいないとよく言われます。その理由として、アジャイル開発が導入されていないからだとか、メンバーシップ型雇用だからだとか、一括請負契約が主流だからとか言われています。
 私は、「世界のビジネスのルールが変わったことに気が付いていない」ことが本当の原因のように思います。
 一つの例ですが、ウォークマンとiPod/iPhoneの例を取り上げてみましょう。
 ウォークマンは1979年7月1日からソニーから、従来のテープレコーダーの常識を覆す、スピーカーと録音機器を省き、持ち運びの出来るポータブルオーディオプレイヤーとして発売されました。ウォークマンはその後の音楽シーンを一変させる大きな変革を起こしましたが、2001年10月Appleから発売されたiPodに市場を奪われました。
 現在、ウォークマンは音楽専用のポータブルDAP(デジタルオーディオプレイヤー)として一部のファンの支持は得ていますが、発売当時の勢いはありません。iPodはさらにiPhoneへと発展的に移行し、その後の音楽シーンだけでなく、ビジネスシーンにおいても新たな市場を創設し現在に至っています。
 もちろん、ビジネスに栄枯盛衰はつきものであり、ウォークマンとiPodの発売時期の違いからそれは不思議なことではないと思う方も多いと思います。でも、本当に時期の違いだけが原因でしょうか。
 あくまでも個人的な想像ですが、モノづくりで世界経済を席巻した日本はあくまで製品の交換価値向上にこだわり続け、製品の性能向上に注力しました。一方で、製品品質で後れを取り質貿易戦争に敗れた米国は、顧客に提供する体験価値に焦点を当て、そのインフラとしてインターネットや、新たなサービスのイノベーションに焦点を当てたという事なのではないかと想像します。つまり、「製品はサービスを享受するための端末に過ぎない」と割り切り、サービスを享受する機能だけに特化した製品で顧客を囲い込むことで膨大な価値を獲得するプラットフォームビジネスへの転換です。
 ところで、製品の機能を高め、その交換価値を重視する考え方をグッドドミナントロジック(GDL)と言います。一方で、製品はサービスの一部であり、利用されて初めて価値が生まれるという考え方をサービスドミナントロジック(SDL)と言います。
 今、世界中で行われているDXは、SDLを前提として、顧客が欲するであろうサービスを把握するため、仮定をおいて概念実証(POC)を繰り返し、製品のリリース後も利用者のフィードバックを受けてアジャイルに改善を繰り返すことになります。
 一方、日本で一般的に言われるDXは、製造プロセスの改善、サプライチェーンの改善といった、製品の交換価値向上に焦点が当たっているように思います。言い換えれば、GDLに基づいたデジタル化に過ぎず、業務プロセスのデジタル化というDigitalizationのレベルにとどまっていると言えます。
 今の日本に必要なのは、価値の源泉が顧客体験価値(CX、UX)にあり、顧客に対しどんなサービスを提供するためにどんな端末(製品)が必要かという観点で、自社のビジネスプロセスを変革して行くことではないでしょうか。
 さて、顧客へサービスを提供するためには、従来の製品を作るための関連企業だけではなく、コンテンツやシステムを提供する企業、行政の仕組みを持つ地域や地方自治体、マーケットに存在する様々なステークホルダーなどと協力して価値を創造する必要があります。いわゆる、「価値共創」です。この「価値共創」という概念は、じつは、SDLの基本前提(FP)として2006年ころからSDLの中で重要性が強調されるようになってきました。サービスの範囲が拡大する中で、ステークホルダーは拡大し、顧客の範囲が住民や市民といった幅広い範囲拡大してきた結果、最近では地域価値共創と言われる様になってきました。
 ところで、日本は昔から製品の交換価値を重視していたのでしょうか。近江商人の言葉に「三方良し」という言葉がありますが、これは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」を意味していて、そこには明確に、「世間よし」という、様々なステークホルダーの体験価値を重視する思想が明確に述べられています。このような思想は、明治維新後の日本の産業界をけん引した、渋沢栄一氏の「論語と算盤」の中にも「富は全体で共有するものとして社会に還元する」と受け継がれています。
 今、日本は、伝統的な価値観を再確認し、日本流の「世間よし」の価値観を明確に持った視点から日本流の「富は全体で共有するものとして社会に還元する」ことを基本に置いた、価値共創の仕組みを実現する「日本流DX」を推進して行く必要があるのではないかと考えています。そんな思いを込めた、会員の集い『日本流DXのすすめ ~ 価値共創時代のプログラムマネジメント ~』を開催します。
 個人会員及び法人会員窓口の方に別途メールでお知らせしてありますので、ぜひ、ご参加ください。

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