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リーダーの力

井上 多恵子 [プロフィール] :3月号

 プロジェクトマネジメントを学びに来日した14ヵ国の新興国からの参加者が、私のアドバイスを真剣に聞いている。リーダーシップの在り方について、様々な質問が飛び交う。職場で日々悩んでいる様を示す質問で、質問者の、そして周りの人々の表情は真剣だ。彼らの熱意を感じて、答える私も、真剣になる。頭をフル回転させ、彼らにとって最も役に立つであろうと思うアドバイスを考え、できるだけ間をおかずに提供する。日本プロジェクトマネジメント協会の講師として、一般財団法人海外産業人材育成協会(AOTS)で1月にリーダーシップを教えた時のことだ。
 チームビルディングについては、これまでもAOTSで、少し教えたことはあった。しかし、3時間かけて、リーダーシップについて、皆さんとじっくり考える機会を持ったのは、今回が初めてだった。準備していた時、不安はなかった。日々最新の動向をキャッチしている領域の話で、何度か似たテーマで、日本国内や海外向けにもワークショップをやったことがあったからだ。そして、何よりも、私自身がとても大事だと信じ、伝えたかった領域だからだ。カバーした内容は、リーダーの在り方が、トップダウン型から一人一人のメンバーの力を最大限発揮する支援をする形に変わってきていること、そういうリーダーシップが求められている時代背景、そして支援型のリーダーとしてどう振舞ったらいいのか、だった。冒頭、今求められているリーダーの在り方について、彼らにグループで議論してもらった後、私の方から解説をし、彼らからの質問に答えた後、各自が職場で取り組みたいと思ったことを共有してもらった。
 質問の中には、支援型リーダーの前提を覆しかねない質問もあった。「自分の国では、従業員はお金を稼ぐことが目的で、より給与が高い会社に転職してしまう。そういう状況で、お金以外の要素で動機づけを考えても効果があるのか?」瞬時に回答することはできなかった。頭の中で自問自答していたからだ。私が言っていることは、欧米や日本などの先進国に限った話なのだろうか。いや、違うはずだ。働くことの主目的がお金だった時代は、日本でもあった。だが、そんな時代でも、十分なお金を稼げることは最低条件として、自己成長や達成感や貢献といった内発的動機付けに分類される要素があれば、人々は、より生き生きと働けたのではないか?そんなことを考えているうちに、別の国の参加者が発言してくれた。「お金だけではないよ。自分の会社でも、給与がより高い会社に転職して行った人がその後、戻ってきてくれた。他社で働いてみて、自分の会社のほうが、働いていて心地よいからということがわかったからだと言っていた。自分の会社は社員を大事にしているからね。給与では勝てないけれど、他の要素で魅了できる」と。私が言ったことは、欧米や日本などの先進国に限った話ではなかった。新興国でも該当する話だった。
 常日頃から私が実現したいと思っている研修の姿がそこにはあった。私が一方的に教えるのではなく、参加者の方々の経験値を引き出して、お互いから学びあえる場だ。私の役割は、意見を引き出すきっかけをつくるファシリテーター。お互いから学び合うという点から言うと、今回の参加者達はダントツだった。来日後同じ宿舎で一週間程度共に過ごしていたことで、関係性が構築されていたという点も寄与したことは、間違いない。しかし、それ以上に、現状に安住せず、できるだけ多くのことを吸収して、より会社を大きくしたいという意気込みが感じられた。一方、日本人相手のワークショップでは、概して参加者は静かだ。意見や質問を求めても、反応が薄いことが多い。国民性の違いや受けてきた教育が影響していることは理解できるが、もったいない。せっかくの貴重な機会なのに、と残念に思うことが多い。もちろん、ファシリテーターの私自身も、安心して話をする場をつくるためにもっとやれることはあると思っている。
 今回の研修で、支援型リーダーシップの存在を初めて知ったという参加者もいた。自国に戻ってリーダーとしての在り方を変えてみたいと言ってくれた参加者も、数多くいた。とても楽しみだ。彼らのリーダーとしての振る舞いが少しでも変わることで、より生き生きと働く人々が、彼らの国々で増えてくれたらこんな嬉しいことはない。生き生きと働く人々が増えることは、生産性を高めることに繋がる。充実していると幸福度も増し、周りの人に対してより優しく振舞うこともできるようになる。
 ある参加者がアドバイスを求めた。「今はやる気になっているけれど、継続するためにどうすればいい?」「今回の参加者同士でお互いに報告しあったり励まし合ったりすればいい」という私のアドバイスに、うなづく人達がいた。彼らがお互いに切磋琢磨して、より良いリーダーになってくれると信じている!

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