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宇宙船の人間くさい(・・・)話

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :2月号

〇 国際宇宙ステーションの「空気のにおい」
 ISS(国際宇宙ステーション)は最高の科学レベルでつくり、運用をされ、日々改良を重ね、25年が経過しています。この間、100人超の宇宙飛行士が入れ替わりし、ISSの中で生活(研究)をしてきました。
 人間(宇宙飛行士)がISSの密閉された空間の中で生活をするということは多くの課題を解決していかなければなりません。食事、水、睡眠、体力の維持等々、そして人間が出す汚物や“におい”などです。
 今回は、ISSやスペースシャトルにおける“におい”の対策についてお話をします。
 締め切った空間で、地上のようにドアや窓を開けて空気の入れ替えができない環境で空気が淀むのは仕方がないのですが、どのような対策をしているのか気になりますね。

スペースシャトルのトイレ  地上とISSを往復するスペースシャトルは2週間のミッション中ではお風呂はなく、宇宙飛行士は濡れタオルなどを利用して体を拭いています。そして、シャトルの狭い室内に7人程度の人間が集団で活動するので、においはでます。また、食事が自分に合わないことがあると、お腹にガスがたまっていき、トイレで“おなら”もします。
 スペースシャトルの空気浄化装置では、“におい”を取り切れず、そのガスは空気中に漂います。
 シャトルが地上に着陸し整備員がドアをあけると、締め切った部屋のもわっとした匂いがでてきました。
 そこでNASAは宇宙センター近くで日本製の活性炭を購入し消臭対策をしていました。

 ISSでは、空調装置で強制内部流とHEPAフィルター (*1) により空気を浄化するのと、定期的に清掃をし、微生物検査も行い、良好な状態を維持しています。また、定期的に地上から有人宇宙船や貨物船が到着するので相当量の空気の入れ替えが起きています。
 ISSに長期滞在した日本人宇宙飛行士の経験を聞くと、『地球から飛行して国際宇宙ステーションに到着したときのにおいの第一印象は、「病院のようなにおい」で、決して不快になるようなにおいではなかった。』そうです。
 これまで宇宙飛行士が全員、頭痛がするくらいのにおいを感じたのは、「2001年10月のスペースシャトルの短期滞在の時、内部の新品のマジックテープのにおいが強烈だった」とのこと。ISSの空調装置が温度、湿度、衛生的にも完全管理されているのと内部が乾燥しているため ほとんど無臭に近いそうです。
 ちなみに、宇宙飛行士は特殊な下着を着用しています。以前、“野口飛行士が匂わない特殊な素材の下着を数ヶ月間着替えなかった” という話は有名になりました。この下着はその後市販されています。

〇 「きぼう」日本実験棟の光触媒消臭装置
 「きぼう」日本実験棟での光触媒を使用した消臭装置の研究を思い出しました。
 光触媒とは、光を当てると“臭い”の原因となるメタンやアセトアルデヒドや菌類を、無害な水や二酸化炭素等に分解し、消臭・殺菌効果を発揮します。
 この技術は、北九州の駅のトイレや介護施設の居室や廊下などに光触媒「消臭・殺菌シート」を張り巡らせて、過ごしやすい環境提供で実績のある中堅企業「フジコウ」 (*2) がもっているのですが、それを宇宙船内に応用できないか、と試みていました。

微小重力(マイクロG)と、(人工的につくりだした1G)2つの重力環境でのマウスの飼育  「きぼう」では、世界で初めて軌道上での微小重力(マイクロG)と、地上と同じ重力(人工的につくりだした1G)という2つの重力環境でのマウスの飼育を行いました。生命科学実験の一環です。
 無重力が骨、筋肉、免疫力などに与える影響を定量的に観察していく研究です。飼育ケージの内側には吸水シートが張られていますが、マウスが自分の排泄物からのにおいや菌から守るため、このシートに光触媒コーティングをして、「消臭・殺菌」作用のあるシートにしていました。軌道上でマウスをできるだけストレス少なく飼うために、ケージにはLED照明が設置され、12時間交代で昼と夜を人工的につくりだします。ケージ内の光触媒コーティングした吸水シートには、ケージ内の照明の「約50ルクスという低照度でも光触媒(「消臭・殺菌」)効果があること」や、 「きぼう」の小動物飼育装置(MHU)。マウスを飼育するケージを6個ずつ、飼育環境制御装置の上段(微小重力区)と下段(人工重力区)にセットし、比較する。 「マウスがなめたりしても、健康状態が悪くならないか」、という課題がありました。
 地上で細かなチェックが行われ、さまざまな課題をクリアして、消臭・殺菌シート(吸水シート)を張り巡らせたケージは宇宙に旅立ちました。マウスの飼育ミッションは、これまで欧米やロシアでも行われてきましたが、宇宙から無事に地球に還すのは大変難しいのです。
 大西宇宙飛行士によって、35日間にわたって実験棟内で飼育ミッションが行われていたマウスたちは全数無事に地球に帰還し、消臭・殺菌技術も成功しました。(*2) で欧米やロシアでも行われてきましたが、宇宙から無事に地球に還すのは大変難しいのです。

光触媒を用いた空気浄化装置の技術実証  さらに、2022年には、民間企業による「光触媒を用いた空気浄化装置の技術実証」がISSで行われています。(*3)
 今後予想される長期の宇宙空間滞在等に於いて、省電力の「光触媒」技術は注目され、実用化を急いでいます。

 日本の地上での技術が、宇宙活動の空気浄化へ貢献しています。

*1 HEPAフィルター(HEPA:High Efficiency Particulate Air)
花粉やほこり、ウイルスなど、空気中のごく小さな粒子を捕集する「高性能な微粒子エアフィルター」
*2  リンクはこちら
*3  リンクはこちら

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