図書紹介
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ゴリラ裁判の日
(須藤古都離著、(株)講談社、2023年3月13日発行、第1刷、329ページ、1,750円+税)

デニマルさん : 12月号

今回紹介の本は、従来とはチョット変わった経緯で選択した。筆者の友人で年に60冊も読書する愛好家であり、筆者のこの話題の本の支援者の強い推薦があった。その友人から従来にない分野をと勧められたのが、第64回メフィスト賞受賞の本作品である。ここでメフィスト賞についてご紹介すると、「(株)講談社が発行する文芸雑誌『メフィスト』から生まれた公募文学新人賞で、ジャンルがエンターテイメント作品(ミステリー、ファンタジー、SF、伝奇などの大まかな区分)であること、明確な応募期間が設けられていない等と、既存の公募文学賞とは大きく異なっている。それと創設当初から賞金は存在しないが、受賞がそのまま出版につながるため印税が賞金代わりとなる」とある。因みに、創設当初から「究極のエンターテイメンメント」「面白ければ何でもあり」を標榜しており、第1回受賞者・森博嗣氏の「すべてがFになる」が理系ミステリーと称される理系研究者が活躍する本格ミステリーであった。第2回受賞者・清涼院流水氏の「コズミック 世紀末探偵神話」が、ミステリーをベースにしているが、既存のジャンルに分類できない奇抜な長大作品。第3回受賞者・蘇部健一氏の「六枚のとんかつ」はギャグ等々が満載されたバカミスの連作短編である。ここから「一作家一ジャンル」と呼ばれるほど個性的な作品が集まった為、受賞作家は「メフィスト賞作家」と呼ばれている。一方で、舞城王太郎氏や佐藤友哉氏のように純文学に近い領域を書く作家や、ライトノベルと接近した作品を発表する者、辻村深月氏のように非ミステリーのエンタメ作品を発表する作家もいて多彩である。筆者は64回の受賞作品の中で、本作品を入れて5冊しか読んでいなかった。参考までにメフィストの意味を調べてみた。16世紀ドイツのファウスト伝説に登場する悪魔から来ていると言われるが、「Webメフィスト」の誌名が、小野不由美氏の小説「メフィストとワルツ」のタイトルに由来していると編集者が語っている。いずれにせよ「究極のエンターテイメンメント」「面白ければ何でもあり」のメフィスト賞に注目してみたい。さて本書の概略をご紹介すると、大きく三つの内容から構成されている。一つはカメルーンでの「手話の出来るゴリラ」の成長過程の話と、その後アメリカの動物園で発生した「ハランベ事件」の話と、その事件をゴリラの妻が提訴した「ゴリラ裁判」の話である。ゴリラと人間の波瀾万丈のエンターテイメント物語なのである。ゴリラと人間との裁判はどうなったか、最終結末の展開がどうかは読んでのお楽しみである。著者をご紹介する。1987年、神奈川県生まれ。青山学院大学卒業。2022年「ゴリラ裁判の日」で第64回メフィスト賞を満場一致で受賞。本作品を書いたのは、SFやミステリーの分野もあり、エンタメとしての面白さを狙って応募したと語っている。本作が初めての単行本となる。趣味は着物を着ること。Mephisto Readers Club(MRC)の会員限定小説誌「メフィスト」2022 SUMMER VOL.4に「どうせ殺すなら、歌が終わってからにして」(短編)を掲載。

ヒロインは手話の出来るゴリラ     ローズはカメルーン(ジャー動物保護区)生れ
本書のヒロインの名はローズ・ナックルウォーカーで、アフリカのカメルーンで生まれたニシローランドゴリラ(メス)である。ローズはゴリラであるが、人間に匹敵する知能と言葉を理解し「会話」も出来る。ローズを飼育する研究者が熱心に手話を教えた結果である。加えてアメリカ式の手話を完璧に習得した彼女は、さらに手話の動きを忠実に音声変換するグローブを得て、人間と普通に会話ができるようになっていく。本書では、ローズの語りでストーリィが展開されるので、ゴリラであることを忘れて身近な存在に感じられる物語である。時が経ってローズはアメリカに渡り、オハイオ州のゴリラパークに収容される。人間の言葉を理解し、会話も出来るローズは、たちまち動物園だけなく町中の人気者となる。一方ローズは、この動物園で夫となるオマリと出会うのだ。そのオマリが射殺される事件が発生した。事件の経緯は、母親と一緒に動物園に来た男の子が、ゴリラの柵を越えて落ちてしまった。ゴリラが人間の子に危害を加えかねなかったという理由で、動物園側ではゴリラを射殺したのだ。動物園は、男の子の命の危機を救う為の手段として取った人命優先の措置と主張した。しかし、事件の発端となった母親の子供への保護者責任はどうだったのか。動物愛護支持者は、動物園側が麻酔弾を使わないで、何故実弾を使って射殺したのか等々。全米にも賛否両論が広がる論議が展開される大ニュースとなった。それに対して、夫の死に納得がいかない妻ローズは、動物園を相手に損害賠償の裁判を起こす物語へと展開していく。

ゴリラ裁判の日         射殺されたゴリラの妻が動物園との法廷闘争とその後
参考までに、先のゴリラ射殺の事件は、「ハランべ(ゴリラ)事件」として、2016年にシンシナティ動植物園で実際に発生している。著者は、この射殺事件をベースに本書の「ゴリラ裁判の日」を書き上げている。因みに「ハランべ」とは、射殺されたゴリラの名前である。いよいよ本題に入るが、裁判はローズの主張と異なり「人間かゴリラか」の論点は人命優先が当然の決着となって、あっさり敗訴してしまった。しかし、弁護士のダニエルと出会って、再び裁判に挑むことなる。そのダニエルは、裁判の争点を「動物に権利はあるのか、もしあるなら人間との関係はどうあるべきか」に絞って切り込んでいく。この議論は、アメリカの社会生活から銃規制の問題にまで派生し、誰もが無縁ではないテーマへ発展していく。法廷での緊迫した論戦は迫力があり、読み応えもある。その裁判の終盤、ゴリラであるローズは権利のない、あるいは制限されているマイノリティの象徴だと徐々に理解していく。この裁判論争のポイントが陪審員にどう影響するかによって判決が大きく変化する。この裁判中に、ローズはあるスポーツ団体の興行主と出会って、彼女はそのスポーツ団体のプレイヤーとなって活躍することになる。そのスポーツ団体とは?アメリカで注目のスポーツで、日本でも最近テレビ放映される位の人気がある。果たしてローズは何のスポーツのプレイヤーとして活躍したのか?これも興味あるポイントである。最終的には、ゴリラ裁判の判決がどうなったのか?ローズの本当の幸せは、現在の人間社会の中にあるのか等々。色々と話題満載である。本書が「究極のエンタメ」小説であるかどうか、是非お読みになってご確認頂きたい。

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