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ロシアの月面軟着陸が失敗した背景

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :10月号

 8月20日、ロシア国営宇宙機関は、『8月11日に打ち上げた無人月探査機「ルナ25号」が月面に衝突したとみられる。』と発表しました。プーチン政権は「宇宙大国」の存在感を誇示して国威発揚を図ろうとしたが失敗でした。ルナ25号は世界初となる月の南極付近に着陸させることを狙った計画で、インドの無人月探査機「チャンドラヤーン3号」の着陸の前に成功させる予定であったが、着陸軌道移行中に異常が発生し交信が途絶えました。(*1)
 2019年にはイスラエルインドの探査機(チャンドラヤーン2号)が着陸降下中に相次いで失敗、今年4月の日本の宇宙ベンチャー企業の探査機も失敗しており、今回も改めて月への軟着陸の難しさが浮き彫りになりました。
 しかし、8月23日「チャンドラヤーン3号」は南極付近に軟着陸が成功しました。
 月の南極域はクレーター内の太陽光が届かない範囲に氷(=水)が埋蔵されているとみられることから、月は再び活発な探査が行われる舞台となっており、NASAの有人月面探査計画「アルテミス」をはじめとした宇宙探査の対象となっています。
 本稿では“月面着陸はなにが難しいのか”“ロシアの探査機はなぜ失敗したのか”について解説します。

① 月面軟着陸の歴史 (*2)
 最初は、ソ連が世界をリードしていました。1959年、ルナ2号が世界で初めて探査機を月着陸軌道に投入できました。しかし、ルナ2号~8号の月面探査機は月面写真の撮影には成功していましたが、すべて月面に衝突しました。
 
 ソ連は、1966年のルナ9号により初めて月面軟着陸に成功し、着陸後月面のパノラマ撮影にも成功しました。この成功により、それまで月面は柔らかい砂で覆われて探査機や宇宙飛行士は沈んでしまうという予測もありましたが、100キログラムの探査機を月面が支えているのが分かり、月の表面は十分固いことが判明したのです。そして、ルナ9号以降ソ連は着陸機を多数送り込み、ルナ16、20、24号は月のサンプルを採取し地球に持って帰ってきたばかりか、ルナ17号と21号には月面ローバーを搭載しており、着陸後数十キロにわたる月面移動探査を行っています。
 一方、アメリカは月探査のパイオニア計画は全てが失敗し、続くサーベイヤー計画で7機の打上げで、5機が月面軟着陸に成功しました。これによりアポロ計画の宇宙飛行士達が降り立つに最も好ましい地点を探り当てることができたので、1969年から6回のアポロ宇宙船の月軟着陸を実施しました。
 しかし、アメリカのアポロ計画が成功した後、ソ連の月探査計画はルナ24号(1976年)で中止となりました。アメリカもアポロ17号(1972年)を最後に月面軟着陸は行いませんでした。
 2019年に、ようやく中国の「嫦娥4号」が初の月の裏側への軟着陸に成功し、続いて「嫦娥5号」は2020年に打ち上げられ、月面軟着陸とサンプルリターンに成功しました。
 今回のインドが成功したので、月面軟着陸に成功したのはソ連とアメリカ、中国、インドの4か国となったのです。

② 月面軟着陸は難易度が最も高い制御がもとめられる
 月や火星のような一定の重力を持つ天体への軟着陸は、高度な制御技術が求められます。
 軟着陸とは要するに着陸に向けた逆噴射をして衝撃なく着陸することです。
 月は地球の6分の1の大きさとはいえ重力があるので、逆噴射を開始するとやり直しが利かず、繊細な制御技術が必要とされ、うまく制御しなければ月面に激突してしまいます。また、大気がないのでパラシュートは使えません。
 月面軟着陸は上空15,000mから着陸のための「動力降下の段階」に入り、図1のような高度計測・速度測定・着陸地点の高低差調整・自由落下着陸などの一連の動作を実施しなければなりません。 (*3)

図1.月面着陸シーケンス  さらに、月は大気がないのでエンジンを噴射すると、探査機は姿勢が不安定になり回転してしまいますので、姿勢安定の制御も同時に求められます。
 ちなみに、真空下の国際宇宙ステーションや人工衛星は、小さなエンジンを噴射して回転をリアルタイムで制御しています。
 月面探査機は地球から約38万Km以上も離れていますので、制御信号の往復時間は約3秒掛かり、地上から制御するには時間の遅延が大き過ぎます。
 ですので、動力降下段階の10数分間においては、自動制御で実施する必要があります。この“自動制御プログラム”は事前に探査機のコンピュータに収納されていて地上からの指令により作動し、推進力を調節できるエンジンで逆噴射により減速して軟着陸を目指します。
 ちなみに、小惑星にタッチダウンした「はやぶさ2」も探査機に組み込んだプログラムで実施していました。

③ ロシアが軟着陸に失敗した背景
 失敗の背景 には、ソ連崩壊後の財政難でロシア政府の宇宙活動に対する財政的援助の不十分さ、にあると考えます。
 ロシア政府の宇宙活動に対する財政支出は、1989年~1995年の間、10回に亘り削減されました。さらにプーチン政権は軍事宇宙プログラムには多大な投資をしていますが、通信、地球観測や科学研究の活動には予算をあまり付けていないため、宇宙機と打上げ機の生産量及び打上げ機会が減少しています。
 このため、技術レベルの維持ができにくい状態になっているのに加え、宇宙産業はその低賃金のため、専門家の45%を失っていると思われます。宇宙開発分野の人材流出により、ベテラン技術者が不足し、技術継承ができず、品質管理も劣化してきています。
 
 米ソの国家威信をかけた1950年~60年代半ばにかけては、ソ連は月の裏側を初めて撮影し、月探査機を軟着陸させ、ローバーを月面で走行させるなど世界の最先端を走っていました。しかし、今回のソ連の月面軟着陸は、1976年に最後の月面軟着陸を成功させて以来の47年ぶりの挑戦でしたが、ベテラン技術者はほとんど退職し、探査機製作と運用は経験のあまりない技術者が行うことになりミスが重なることになったと思われます。ロシア国営宇宙機関は「月面着陸の軌道に移行するためのエンジンの噴射中、噴射が長かったため所定の軌道に入れず衝突したようだ」と発表しました。
 
 ちなみに、ソ連やアメリカから遅れをとっていたインドが宇宙開発に本腰を入れ始めたのは、1960年代ですが、近年加速しており、宇宙予算は2022年度に2400億円となり、この10年間で2倍以上に増えています。

 今回の失敗は、旧ソ連時代の経験や人材をきちんと継承できなかった結果です。
 “技術ノウハウ”は、実際に経験した人だけが保有しているものなので、継続性の大切さに関しては、肝に銘じる必要がありますね。「継続は力なり」(人、モノ、カネ)と言うことですね。

[参考文献]
*1 :読売新聞記事、「露探査機 月に衝突」、2023年8月21日朝刊2面
*2 月面着陸 - Wikipedia
*3 :岩崎信夫著、「宇宙工学概論」、丸善プラネット、1999年

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