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月面有人宇宙計画に民間企業が参加

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :9月号

 最近のNASAの宇宙計画では民間企業の活躍が著しく、重要な役目を担っている。
今回はNASAと民間宇宙企業の関係とアルテミス(月探査)計画における位置づけについて考えて見たい。

①アルテミス計画の全容 (*1)
 有人月面探査プログラム(以下、アルテミス計画)は、米国を中心として、欧州、日本、カナダと共同で進めている有人探査計画である。約60年前のアポロ計画とは異なり、月周回軌道に宇宙ステーションを建設し、水があるとされる月の南極を拠点に繰り返し、探査し続けることを目標としている。さらに、月を足掛かりに「有人火星探査」も目指している。
 この実現にむけて大きな役割を果たすのが民間企業の存在である。アルテミス計画では、月ステーションの打ち上げや、月面や月ステーションへの補給物資や機器の輸送などに、民間企業のロケットや補給船が使われる。加えて、宇宙飛行士が月面に降り立ち、戻るための月着陸船の開発も民間に委託されている。

②民間企業が開発するアルテミス計画の月着陸船 (*1) (*2) (*3)
 NASAは2021年4月17日、アルテミス計画で使用される有人着陸船開発の担当企業として「スターシップ」を提案するイーロン・マスク氏のスペースXが選定されたことを発表した。この着陸船は、図1のように「アルテミス3号」と「アルテミス4号」に使用する計画で、2026年に月面へ降り立つ2名の宇宙飛行士は「スターシップ」に乗って着陸することになる。

図1.アルテミス計画の工程表(2023年6月時点)

 NASAは、有人月着陸船の開発について2020年に米国商業企業3社を選定しており、各社が提案する着陸船の検討・開発が進めていた。
 スペースXは有人宇宙船による国際宇宙ステーションへの運用飛行を担うだけでなく、アルテミス計画で中継地点となる月周回有人拠点「ゲートウェイ」の建設における最初のモジュールの打ち上げや、ゲートウェイへの補給物資輸送ミッションを担当する企業にも選ばれている。

図2.スペースX(左)とブルー・オリジン(右)の月着陸船想像図  スペースX社のスターシップが選ばれたことで同社の重要性は今まで以上に高まる。
 また、NASAは2023年5月19日「アルテミス5号」で使用する月着陸船の開発企業に、米国商業企業「ブルー・オリジン」を選定したと発表した。
 ブルー・オリジンはAmazon創業者のジェフ・ベゾス氏が2000年に立ち上げた宇宙企業で、大型ロケットの開発も進めており、現在は弾道飛行船を使った宇宙旅行も行っている。
 この着陸船(ブルー・オリジン)の開発パートナーには米国航空宇宙産業の老舗 ロッキード・マーチン社、ボーイング社などが参加しており「ナショナル・チーム」とも呼ばれている。
 NASAは、この選定した2社が競争することで“コスト削減”“定期的な月着陸ミッションのサポート”“月における経済活動の活発化”を期待している。

③NASA(米国)の民間企業活用に至った経緯とポリシー (*4)
 米国は、国際宇宙ステーション(ISS)への補給においてはすでにスペースX社やノースロップ・グラマン社が、また有人宇宙船でもスペースX社が実績を上げている。
 そのため、米国政府はアルテミス計画においても、商業的に提供されるサービスを重視し、米国民間企業が競うことで、より迅速で、革新的で、政府より費用を安くできる企業家のエネルギーを利用することにしている。この方向性は共和党、民主党政権両方にあてはまる。
 すなわち、NASAは今まで蓄積してきた、宇宙開発の既存の技術・ノウハウを民間に開放、新しい産業を育成し、NASAは浮いたリソースを別のプロジェクトに投じる事ができ、国家と民間のウイン・ウインの関係を目指している。
 ウクライナのロシア侵攻でのロシアとの緊張は、米国企業とNASAに有人飛行計画を加速させる動機を提供しており、補助をうけた企業によるサービスは、クルーの輸送や国際宇宙ステーション(ISS)の姿勢制御などの役割をロシアから米国に戻し、そして、宇宙観光や有人宇宙飛行に関する商業活動につながっている。

④アルテミス計画と中国の有人宇宙活動 (*4)
 2021年に「中国とロシアは2030年代に月の南極に研究基地を設立するための協力関係を結ぶ」と発表した。
 中国の宇宙活動は、アジア諸国の中で中国が最も先進的で、他の国は技術的にも経済的にも追随できないことを実証することで、地域における優位性を高めることを目的としている。
 また、党が世界的な地位を回復していることを中国人民に示すために、有人宇宙飛行を必要として利用している。
 2010年に、オバマ大統領は「我々は月にいったことがある」として月宇宙探査計画を退けた。しかし、中国の宇宙開発の成果が増大し、また中国の領土拡張の動きで、米中間の緊張が高まったことにより“中国が月面に滞在する唯一の国家になる”という不安を米国の指導者の中に誘発した。そして、トランプ政権のときに方向転換しアルテミス計画がスタートした。

 アルテミス計画などのような大規模な国家プログラムを構想し、企画・運営していくには、政治指導者の強力な意思決定の力が必要であることを示す例になっている。

[参考文献]
*1 :アルテミス計画、ウイキペディア
*2 :「NASAアルテミス計画の月着陸船にスペースXの「スターシップ」が選ばれる」SORAEポータルサイト、2021年4月19日
*3 :「ジェフ・ベゾスの「ブルー・オリジン」、アルテミス計画の月着陸船開発へ、
マイナビニュース、2023年6月1日12:11配信
*4 :”Space Exploration in a changing International Environment”、CSIS.2014

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