プリンセスミチコ
バラの品種数は10万種を超えるといわれていますが、プリンセスミチコはその中でもよく知られた部類に入るのではないでしょうか。1966年、英国から当時の皇太子妃美智子様(現在の上皇后妃)に献呈され、濃いオレンジ色の花が上品さと優しさにあふれた皇太子妃を見事に映していると人気を博しました。現在も愛好家からの支持が高く、日本各地のバラ園で栽培されています。今回は、このプリンセスミチコと日本酒の話です。
日本酒の話を頻繁に取り上げるのは、日本国内に1,000を超す日本酒製造業者のいずれもが企業変革への取組を実行しており、しかも変革の形態も様々であることから、PMに携わる者にとって大変参考になるからです。
明治から昭和の初期にかけて日本の財政を支えたのは酒税ですが、製造業など他産業の躍進とともに経営環境が悪化していき、数万蔵あった酒造業者が近年は1,000近くにまで減少しました。その経緯については先日の関西PMセミナーでの小野善生教授の講演の中でも紹介がありました。生き残った現存の酒造業者はいずれもがダイナミックな変革に取り組んできましたし、現在も取り組んでいます。酔うためだけの日本酒から味わうための日本酒への製造技術の変革、大手蔵のOEM提供から自社ブランドの確立、特定酒販店への切換といった流通変革、海外進出など変革の進め方は様々です。
製造技術の変革の一つとして、東京農業大学(農大)が研究開発した花酵母(はなこうぼ)の採用があります。
日本酒はお米を発酵させて造る醸造酒に分類されます。その発酵の工程は、お米のでんぷんを糖に変え、さらにその糖分をアルコールに変えるという2段階になっています。その糖分をアルコールに変える働きをするのが酵母です。酵母は自然に存在する微生物ですが、江戸時代までは「蔵つき酵母」などといって蔵ごとに住んでいる自然の酵母を使っていました。酵母の違いによって日本酒の味わい・香りが変わることが分かってきたこともあり、明治時代以降、国を挙げて麹の改良に取り組みました。税収を増やすことが狙いだったのですが、その結果、味のよいお酒を産み出す蔵の酵母を基に生成された上質の酵母が出回るようになりました。酵母の改良はその後も綿々と続いていますが、近年はバイオ技術が導入されたりしています。
そのような開発競争の中で、全く新しい味や香りを産み出すものとして自然界に存在する花からの酵母抽出を試したのが農大の研究者たちです。農大の中に花酵母研究会が発足したのは21世紀になってからです。花酵母を使った日本酒から花の香りはしませんが、従来にないさわやかな香りと力強い味わいが得られます。ナデシコの花が最初だったそうですが、ニチニチソウやヒマワリ、ベゴニア、サクラなど身近な花から酵母が抽出されています。
プリンセスミチコから花酵母が抽出されたのは平成の終わり2017年です。さっそく農大OBが率いる7つの蔵がお酒造りに取り組みました。2019年4月には7蔵が造ったお酒の試飲会が開かれましたが、味も香りも従来にない素晴らしい出来だったそうです。
残念なことに、この時編集子は試飲会に参加していません。農大花酵母研究会では毎年8月7日に「花の宴」というイベントを開催していますが、そこで試飲できるとの情報があり楽しみにしていたのですが、コロナ禍によりイベントも中断されていました。漸く、この8月「花の宴」の縮小版のイベントが農大で開催され、プリンセスミチコ花酵母8蔵目が造ったお酒(大吟醸)を味わうことができました。編集子の場合、いずれの日本酒を飲んでも旨いということが多く周囲からは味覚の信頼性を疑われていますが、このお酒に関しては本当に別格の美味さでした。
以上
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