図書紹介
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南極の氷に何が起きているか  ――気候変動と氷床の科学――
(杉山 慎著、中央公論新社、2021年11月25日発行、197ページ、860円+税)

デニマルさん : 4月号

今回紹介の本は南極の氷と気候変動に関するもので、普段我々が余り見聞きすることがない南極という限られた地域の気候問題である。以前から地球温暖化現象と気候変動の問題が話題となって時が経過している。人が定住していない南極でも例外ではなく、確実に地球温暖化の影響が出ていると書かれてある。その南極とは、旅行や冒険好きな人なら一度は行ってみたい所とも言われている。この未知なる南極で、現在何が起きているのか、科学者の目で見た現況報告と問題点が種々列記されてある。興味のある方はご一読をお勧めしたい。この本は、第38回講談社科学出版賞を受賞している。講談社の科学出版賞とは、1985年(昭和60年)に新分野の開拓と質的向上をはかり、出版文化の発展に寄与する目的で創設されたとある。筆者は、第9回の「ゾウの時間ネズミの時間」(本川達雄著)や、第22回の「プリオン説は本当か?」(福岡伸一著)等を読んだ記憶がある。当時、話題となった本で、科学に余り興味のない筆者も面白く読ませて貰った。さて、本題である南極の氷の話に入る前に、南極について本書から地理・気候的なことを少し紹介してみたい。先ず地理的な面では、南極は地球上の南極点にあり、南極大陸と南極海と氷で構成されている。南極氷床の面積は日本の約40倍(オーストラリアより広い)、氷の厚さは平均2000メートル、場所によっては4000メートルを超える。もし全てが溶けて海に流れ込めば、地球の海水準(陸地に対する海面の高さ) は約60メートル上昇すると予測されている。また、南極は地球上で最も寒冷な地域と言われている。南極の寒冷に対して反対極の北極だが、北極は北極海に浮かぶ氷だけで成り立っているので、その氷が溶けると海水となり世界中の海面の水位が上がるという大きな問題を内在している。この点は南極と同様な問題でもある。次に気候上の気温差を比較すると、南極の気温の方が北極より遥かに低い。記録では、地球上の最低気温が南極で-89.2℃である。因みにドライアイスの温度は-78.5℃、日本の最低気温は1902年(明治35年)の旭川が-41.0℃である。平均気温で対比すると、北極が-25℃位なのに対して南極は-50~-60℃位である。この温度差の理由は、海と陸地では海の方が冷えにくく、南極の方は標高が高いこと等が上げられると専門書には書かれてある。他に、生息する動物の話もあるが、本書に写真入りで紹介されているのでご覧下さい。著者を紹介したい。1969年愛知県生まれ。93年に大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了。同年より信越化学工業で研究開発に従事。 97年から2年間、青年海外協力隊に参加し、ザンビア共和国の高等学校で理数科教員を務める。2003年、北海道大学大学院地球環境科学研究科博士課程修了。博士(地球環境科学)。スイス連邦工科大学研究員、北海道大学低温科学研究所講師、同准教授を経て17年より同教授。南極や北極、パタゴニア等で大規模な氷河氷床の調査を主導。『南極の氷に何が起きているか』(中公新書、2021年)で、第38回講談社科学出版賞を受賞。その他著作に『低温環境の科学事典』(共著、朝倉書店、16年)、『低温科学便覧』(共著、丸善出版、15年)、『なぞの宝庫・南極大陸』(共著、技術評論社、08年)がある。

南極で何が起きているのか?       ――南極の氷が失われている――
先に南極の面積を紹介した際に、氷床面積と書いた。南極にある氷は大陸の雪と海が凍って大きな陸地を構成しているので「氷床」と称されている。その氷床は-50℃の南極の大地でもあり、気温が少々上昇しても溶解することはない。しかし地球温暖化でこの氷床が失われているという。著者は「南極の氷は溶けて無くなっているというよりも、海に放出されている」と書いている。詳しくは氷床が海と接する箇所で海水が氷床の底の部分を溶かし、棚の様な状態となって「棚氷」を形成する。この海水の浸食が更に進むと、棚氷が崩れて「氷山」となって海上に浮遊する。この結果、南極の氷が失われる現象となる。著者は、こうした南極の氷の研究と観測を続けている。この測定技術には、「GRACE(グレース)」という衛星電波を使って重力の変化を捉える方法で測定しているという。専門的な説明は割愛させて頂くが、南極の氷が本格的に溶け始めたらと思うと、地球上の壊滅的な影響が心配される。

南極の異変が何をもたらすか?      ――気象・気候へのインパクト――
先に、南極の氷が失われるメカニズムを概略紹介したが、この氷床喪失で直ぐに地球の海水準が高くなる心配には直結しない。しかし氷河や氷山が溶解して海水準が問題となるのは、北極やグリーンランドやスイスアルプスや南米のパタゴニア等であると書いている。南極では異変からの気象・気候へのインパクトの方が大きな問題と指摘している。その一つが、地球の海洋大循環の停滞にあるという。この循環から海水温と豊かな水産資源のバランスが崩れてしまう危険性を危惧している。現在でも、海水温の変化からエルニーニョ現象(南米のエクアドルやペルーの沿岸付近の海面水温が、平年よりも高くなる現象)やラニーニョ現象(東太平洋赤道付近の海面水温が平年より低くなる現象)が問題視されている。それと氷床の表面には特殊な性質があるという。特に、太陽からの光エネルギーの反射率が高いので、太陽熱の吸収率が低く保たれている。棚氷の崩壊で氷床が失われると、南極の熱エネルギーが気温変化に影響する危険性も心配される。地球は海と陸の他に大気と海洋で繋がった一つの生命体であり、大気・海洋の循環システムの異変が地球温暖化の大きな問題となる。

然らば、我々は何をなすべきか?       ――最悪のシナリオへの対処策――
現在、世界的規模で地球温暖化策であるCO2の削減問題が喫緊の課題として検討・実施されている。本書での南極の氷床減少もその一つである。身近な日本でも豪雨や大きな台風の増加が頻発している。この気象異常の原因は人間の活動から来ている認識が重要である。2021年のノーベル物理学賞で真鍋淑郎氏(気象の循環モデル開発:二酸化炭素が地球温暖化に影響する予測)が受賞した画期的なことも注目される。著者は「地球の気候は急な坂を転がり落ち、その変化を喰いとめることは出来ない。しかし、その変化に少しでもブレーキをかけることは可能であり、それには社会全体の真剣な対策が必要不可欠である」と結んでいる。

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