グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第167回)
語られないプロジェクト失敗原因

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :12月号

 数社の競争環境下での意思決定理論のひとつに囚人のジレンマ(Prisoners’ Dilemma) がある。例えばプロジェクトの競争入札などで、競争相手の出方を読む際にこの理論が応用される。囚人のジレンマの説明によく使われるのは、友人二人が共謀して犯罪を犯し、そして逮捕されて取り調べを受ける例である。収監は別々の房となる。取り調べは一人ずつ行われる。そこで、各容疑者は、取り調べに対する作戦を自分で考える。相棒は無罪を主張するであろうと読み、自分は容疑を認め、軽い刑を選ぶ。あるいは、相棒は自白しないと読んで自分も徹底抗戦を選ぶ。取り調べで負ければ、二人とも重い刑となる。
 
 業界の談合やカルテル形成で、検察当局や公正取引委員会の取り調べでこの囚人のジレンマの例がよくでてくる。最近(11月26日)、電力4社が、事業者向けの電力の販売をめぐりカルテルを結んでいたとして、公正取引委員会が総額で過去最大の数百億円の課徴金を命じたが、1社は自白をしたとして、課徴金を免れた。
 
 入札では、競争相手の出方を読んで、一社が安値で出てくると予想すると、それを出し抜く低い価格で入札するか、相手の予想出し値とマッチングした価格で応札して、ネゴに賭けるか、あるいは、過当競争を避けて、お付き合い価格で入札するか、などの選択肢がある。最初のチョイスでは利益を捨てて稼働率の維持や当該顧客との関係を維持する戦略、2番目のチョイスは、2社択一となれば、総合能力が高い自社が選ばれると読む。3番目のチョイスは、入札に参加しないと、当該顧客に将来の入札機会で参加資格を与えられない可能性が高くなるので、応札はするが、価格は多くの利益を望める価格とするが勝機は殆ど無い。
 
 10月24日から11月23日までの一か月で、3つの研修案件で、合計10日間の研修を行なった。最初の2件は、通称「池袋サンシャインの陣」で、産油国を中心とした海外石油・天然ガス公社の専門エンジニア向けと、プロジェクトマネジメント関係管理職者向けの、両方とも来日対面研修で、2日間と4日間が筆者の担当で、筆者が研修で使用するギアの段階では、4段ギアとトップギアであった。ここは、筆者がかつて所属していた石油・天然ガス業界の顧客側の研修であり、きわめて質の高い議論が展開された。
 
 とくに、PM管理職者向けは、世界の石油・天然ガス企業ジャイアントのSaudi ARAMCO社、Qatar Energy社、ADNOC(UAE)社の精鋭やアジアの若き精鋭達が集い、通常はライバルとしてしのぎを削る間柄であるが、きわめてオープンな情報交換が行われながら研修が進んだ。高度研修は、一国対一国で実施するより、同業者を一堂に集めて行い、オープンな議論が形成された時には一対一研修の倍の効果がでる。
 
 終わった翌日から、「北千住の陣」に移り、オンラインのプレセッション+3日間研修を実施した。こちらは、発展途上国企業向けの管理職研修としての「新時代のPM」シリーズの一環で、今年1月、8月に次ぐ3回目の開催であった。3段ギアに時々ギアアップして4段を使う。
 
 8月の同じ研修で、募集人員30名のところ84名のエントリーがあり、実施を2分割にすることにし、今回は2回目で、8月の研修は10か国の混合研修であったが、今回は、ほとんどがエジプトのエレクトロニクス・家電企業グループで、バングラデシュとフィリピンを加えた42名が受講した。通常オンライン研修であると、実参加歩留まりは80%程度であるが、今回は我が研修史上初めて42名全員がピーク時に参加した。これは喜ばしいことであるが、この一日3時間づつのオンライン・ライブ研修にはブレークアウトセッションが初日と二日目で合計6回あり、研修生をプッシュにプッシュして、演習の成果を出させるのは容易なことではない。
 
 この研修での、研修指導者としての気づきでは、
 
  • 製造企業は、世界の激変で市場構造が大きく変化し、事業形態のプロジェクト化を急いでいる。これは昨年からの一連の「北千住の陣」で強く観察されることである。
  • R&D部門所属者が全体の半分であり、通常のPMのセオリーをそのまま適用しにくい。例えば、Scope、Schedule、Costsについては、概念合わせをしっかりやらないと議論がかみ合わない。
  • 受講者はプロジェクト開発・フロントエンド計画に最大の興味を持つ。従い、PM研修には通常含まれないこのフェーズの教え方を講師として用意しておく必要がある。
 
いつの研修でも、プロジェクトはなぜ失敗するのか、が話題になる。実践者のレベルでは、プロジェクトの失敗は、プロジェクトマネジメント・コンピテンシー不足、経験不足、トップの支援の欠如や不足、プロジェクトを取り囲む環境の悪化などが言及される。少しグローバルなレベルで分析すると、これはプロジェクト科学の最近の研究のテーマであるが次の3つが挙がる。
  1. ① Cognitive bias (知力・インテリジェンスの不足)
    センシティブな問題であるので、プロフェショナルPM界では論じられることがないが、企業あるいはプロジェクトマネジャーに必要とされる知力が客観的に不足している事態では、プロジェクトの成功の可能性は低くなる。
  2. ② Optimism bias (確信犯的楽観主義)
    政治がらみのインフラプロジェクトに多くみられる、集団無責任プロジェクト遂行体制の結果、納期もコストも大幅オーバーランとなる。歴代オリンピックや大型国土インフラプロジェクトに多く見られる。
  3. ③ Planning to fail (‘失敗のための’計画を繰り返す)
    世界銀行がファイナンスをつけるプロジェクトは10年くらい前のデータで80%は大幅納期遅延、予算超過を記録すると報告されていた。プロジェクトで失敗しても、あるいはもっと悪いのは、失敗が繰り返されても、プロジェクトの遂行手法や手順を改めない関係機関がいまだ多い。
 ②や③は、公的プロジェクトだけではなく、官僚主義的文化が強い企業でも十分起こり得る。
ちなみに、研修をしていて、プロジェクト経験は5年以上あるという海外の参加者から一番多い質問は、どうしたらスコープの増大(Scope creep) を防げるか、だ。プロジェクトを自己流でやっている場合は、いかにスコープ定義を十分にやっていないかを物語る質問である。そして、スコープ定義ができてないと、スケジュールもコスト予算も絵にかいた餅であることに気づいていない。
 
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