グローバルフォーラム
先号   次号

「グローバルPMへの窓」(第166回)
プロジェクトマネジメント徒然草

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :10月号

 9月中旬に2日間の終日対面研修を、来日した6か国10名の石油天然ガス産業のエンジニア達に実施した。毎日、研修生、講師、主催者の全員が新型コロナ抗原・抗体検査と検温を経ての研修であるので、みな安心してゆったりと研修ができた。2年半オンライン研修ばかり行ってきて、オンライン・ライブ双方向研修のノウハウも磨いてきたが、対面研修を終えてみると、生産性、研修生の理解度、講師の負荷のいずれ対面研修が50%以上有利であると実感した。この研修生達は技術研修のプログラムで来日したのであるが、締めでプロジェクトマネジメントを学んでもらうと、このセッションが何より面白かったという声が続出した。講師としては、壺にはめることができた、と快哉を叫んでいる。
 
 さて、今月は、トーンを変えて、最近つくづく感じるプロジェクトマネジメン関連で残念なことは:
 
その1 50年間で世界のPMのレベルは低下していること
 
日本、海外とプロジェクトマネジメント関係者の実践を観察し、また筆者自身、プロジェクトマネジメントを教えていて、プロジェクトマネジメントの実践レベルは、平均的には全く進歩していないと感じる。原因は種々あり、短い紙面で書きつくせないが、大きなものでは、産業構造の変化(PM効果が薄いソフトプロジェクトが年々増えていること)、労働観の変化(PMは割に合わない)、企業規律の劣化、と見ている。

その2 プロジェクト実施にプロジェクトマネジメントの時間を費やさないこと
 
人間の常で、作るまでは面白いので一生けん命やる、しかし、作ったものをきちんと守ることはなかなかやらない。業種別にプロジェクトマネジメントのパフォーマンスを計画との差異の少なさで測ると、計画を、実施段階でフォローすることができている業界とそうでない業界のパフォーマンスの溝は一向に埋まらない。

その3 人間の行うプロジェクト業務に、プロジェクトマネジメントの効果は限定的
 
プラントエンジニアリング企業に勤務していた筆者は、生産管理部門におり、大型プロジェクト(受注金額数百億円クラス)で、見積精度は、プロジェクト全体としては、かなり高いのに、マンアワー(MH)数と称するエンジニアなどプロフェッショナルが実施する業務時間の、予測と実績が乖離する案件をかなり多く見てきた。どうも人間が行う業務にプロジェクトマネジメントは精緻性を欠いている。そもそも人の生産性は個人あるいは時期により異なるのに、時間の管理は時間数で一律に行う。プラントのプロジェクトは、プロフェッショナルによる業務のプロジェクトコストの比率は10%内外である。であるから、数百億のプロジェクトでも見積精度が5%から7%(20年前はもっと精度が高かった)達成は可能であるが、ソフトウェアプロジェクトやSIプロジェクトは、プロフェショナルワークがプロジェクトコストの70%以上を占める、ここで見積精度を議論するのは無理がある。企業は、標準作業時間や標準生産性(歩掛)に基づいて見積を行なったと言うであろうが、今時、標準作業時間や生産性で作業をできる人が、クルーの何%か、というのが問題である。
 
マネジメントは応用心理学の一分野であるので、原点に立ち返り、新たな管理手法を開発する必要があるのではないか。

その4 アジャイルの功罪
 
最近、プロジェクトマネジャー達は、“アジャイル”に多大な関心を示す。特にPMBOK® 第6版はアジャイルPMが基軸となっていたため、これからのPMはアジャイルである、と早とちりした人も多いであろう。アジャイル開発手法は、1986年に野中郁次郎教授・竹内弘高教授がハーバードビジネスレビュー誌に掲載された論文「The New Product Development Game」で初めて提唱された、日本製造業の実践に基づく実践手法である。従い、高度にイノベイティブな新製品開発やソフトウェア開発のように、プロジェクト定義・製品定義・要求定義が、プロジェクトの冒頭でしにくい案件には有効性が高い。問題は、プロジェクト投資決定までのプレ・プロジェクト業務でプロジェクトのパフォーマンス(つまりプロジェクト自体の成功)の80%が決まるという種々の調査研究が検証している、プラントやインフラ、通常の製品開発プロジェクトで、実施段階においてもアジャイル・プロジェクトマネジメントが有効であると考えるプロジェクトマネジャーがいることで、この考えでは、スコープ・クリープ、スケジュール超過、予算超過は必ず起こる。伝統的プロジェクトでは、計画をフリーズ(固めたら)、計画をいかに忠実に守るか、という鉄則すら知らないことは嘆かわしい。
 
ちなみに、アジャイル・プロジェクトマネジメントとアジャイル経営は全く異なるので注意が必要である。

その5 プロジェクトマネジメントのトレーナーの皆さん 方向が逆では
 
プロジェクトマネジャーの達人とかトレーナーの人達は、あるいはプロジェクトマネジメント協会は、高度の理論や、独得の手法を磨き、世に問うことしか考えていないように思える。上記で述べた事情からすれば、これは、絶対多数のプロジェクトマネジメントのユーザーニーズの逆を行くのではないか。これでは、研修をやっても良い得点は得られないと思う。やさしく、研修生・学生の目線で分かりやすく教える、具体的に教える、これが5段評価受講者評価で、平均4.5以上を常にとるコツである。
 
♡♡♡

ページトップに戻る