老いの品格 ――品よく、賢く、おもしろく――
(和田秀樹著、(株)PHP研究所、2022年6月29日発行、第2刷、213ページ、930円+税)
デニマルさん : 12月号
今回紹介の本は、著者の本が今年何冊も注目されているので取り上げてみた。現時点で「80歳の壁」(幻冬舎、2022年3月28日)が発売から8ヶ月で50万部も売れ、他に「70代で死ぬ人、80代でも元気な人」 (マガジンハウス新書、2022年5月27日)も「70歳の正解」 (幻冬舎、2022年7月27日)も人気があるという。そういえば今年2月に、このコーナーで「70歳が老化の分かれ道」 (詩想社新書、2021年6月9日)を紹介している。同じ著者の本を2回も取り上げるのは少々気になるが、超高齢化社会で老人の占める人口比率が3割にもなる中、多くの高齢者が「品格を意識して」社会活動する期待を込めて紹介してみたい。
著者は、本書を書くにあたって二つの点を強調している。一つは、医師として35年で6000人を診てきた老年精神科医としての経験からの肉体的な視点だ。現在、日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳を超えている。この辺りが一般的な平均余命と考えられる。因みに健康寿命からみると、男性が72歳で女性が75歳である。高齢者が自分自身で健康に行動出来るかどうかの目安が70歳過ぎであることを認識する必要もある。もう一つは、著者の医学的専門分野である精神的な視点である。本書では「いい歳のとり方をしている人は、老いを素直に受け入れ、老いの現実にジタバタしたりビクビクしたりすることなく、老いを楽しもうとしている」と書いている。今までの経験から「なりたい老人の姿」を纏めたという。これからの超高齢化社会では、老人は老人らしく健康で品性を兼ね備えていく必要もある。
新たな目標に向かって、老人だけでなく多くの人を含めて成すべきヒントが書かれてある。
著者の紹介だが、今年2月号に学歴や専門分野等を書いたので、別な視点から調べてみた。
幼少期から小学校でも授業中に立ち歩くなど「今でいう発達障害児」だった。名門灘中では劣等生で、灘高2年の時に見た映画に魅了され監督を志す。稼ぎが良い医者になって制作費に充てようと一念発起し、東大理科三類に現役合格。医学生なのに受験塾経営や映画制作に没頭し、「自分のミスで殺すリスクが最も低いから」と精神科へ進んだ。研修医だった27歳、自身の東大合格テクニックを明かす本がベストセラーになる。しかし、その翌年、担当した高齢患者が自ら命を絶つ。老年期の心に本気で関わる覚悟を固め、竹中星郎氏や土居健郎氏など精神科医の重鎮たちに師事して学んだ。著作は約800冊。映画監督として5作品を手がけ、コロナ禍で中断中の次は官能小説家の晩年をテーマに準備を進める。健康面では、50歳前後に血圧200、血管年齢80歳と言われた。薬で正常値に下げると頭がぼんやりして体もだるい。そこで170に保っていたのだが、2年前に息苦さを感じた。診断は心不全。利尿剤を飲んだら劇的に改善したので続けている。頻尿は困りものだが、青信号が点滅すれば走れる。3年前に、喉がひどく渇くので血糖値を測ったら660。重症の糖尿病だった。けれどお酒も食事も楽しみたい。インスリン投与はせず、スクワット運動と歩くことにして、眼底検査と腎機能は定期健診していて悪化は認められてないと現状を雑誌や対談で語っている。
こんな老人になりたい(その1) ――加齢を恐れない老人――
本書の老いの品格について、老いることにジタバタしない人には品格があるとの章で、「歯を食いしばってまで老いと闘う必要はない」「出来ないことはあきらめて、出来ることを活かす」と書いている。多くの高齢者は、加齢に伴って体力や能力や持久力が衰えていく現実の自覚から、病気や認知症等の先々を心配して加齢を必要以上に恐れている傾向にある。だから体力向上や栄養補給を意識して、日々の運動やサプリメントに積極的である。健康志向は大切なことであるが、矢張り年齢に応じた対応が必要である。著者は、老いと闘うフェーズが終われば、次に老いを受け入れるフェーズがあってジタバタしないことが、格好よく老いるコツだと言う。だから、いざ認知症や歩行困難になったら「なったなりに生きていく」という覚悟もまた必要と指摘している。人間、誰しも加齢を止めることは出来ない中で生きているので、「自分の老いだけでなく、他人の老いも含めて受け入れることが“品格”と呼べる」と纏めている。品格ある老人には、体力や気力だけでなく寛容力も求められている。
こんな老人になりたい(その2) ――常識ある面白い老人――
本書の副題に「品よく、賢く、面白く」とある。ここで云う面白くとは、常識はあるけど常識的でないことが面白い老人だと強調している。一般的傾向として老人は当たり前のこと、常識的なことや昔の話(主に自慢話がこの範疇に入る)を偉そうに説教する人が多いと言われている。面白くもない老人訓話を聞かされる後輩や同輩や若者を考えると老害対象者と称される。然らば、常識ある面白い老人とは、どんな人であろうか。著者は「常識を語らず、常識に縛られない柔軟さを持った人」で、タレントでは高田純次さんを挙げている。更に、世間一般の通念や組織上の上司に無理に従わずに自分の意志を貫ける学者や研究者もこの分野に入ると言う。例えばノーベル賞受賞の研究者でも結論的にはあまり常識に固執しない柔軟性ある人(本書で山中伸弥さんや田中耕一さん等)を挙げている。世の高学歴者で自分の知識や経験を語る「つまらない人」が多い中でも、常識ある人は面白いと結んでいる。
こんな老人になりたい(その3) ――年齢を誇れる老人――
本書の終わりの章に誇れる老人に必要なことを列記している。幾つか紹介すると、「人に頼る代わりに自分は何が出来るかを考える」「感情は豊かに、でも感情的にはならない」「自然に任せず、“そうなる”と意識して生きる」等である。本書のタイトルにもある通り、老いの品格は、「品よく、賢く、おもしろく」である。永い人生を生きた老人には、それなりの足跡と実績がある。今更、多くを望んでも無理があろうが、せめて品性を保つ意識は失いたくないと思っている。筆者は、池波正太郎の小説「剣客商売」を何回となく読んでいる。主人公の秋山小兵衛が、本書の代表事例の様に感じている。剣客としての剣術や人間味ある品性と40歳差の若い女房をめとる男としてのケジメというか男気をも兼ね備えている。この小説は作家・池波正太郎の理想を書いたとも言われるが、こうした品性にも憧れを感じる。
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