22世紀の民主主義
(成田悠輔著、SBクリエイティブ(株)、2022年7月16日発行、初版第2刷、255ページ、990円+税)
デニマルさん : 11月号
今回紹介の本は、現時点でそれ程話題に上っていないが、トーハンでの新書部門の売上げランキングでは上位にランクされている(10月18日現在)。筆者が今回、この本を取り上げたのには、幾つかの理由がある。先ず、この20年近く民主主義の流れが少し変化している様に感じていること。それとコロナ・パンデミックで世界や日本の政治・経済の潮流にも以前にない変化が起きているのではないか等々気になっていた。それが地球温暖化による気候変動なのか、筆者の高齢化による杞憂なのか、思い悩む状況が続いる。そこで今回紹介の本を読んで納得出来る点が多々あり、紹介すべきと思い取り上げたしだいです。副題に「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」とあるが、22世紀の民主主義とどう繋がるかは読んでのお楽しみである。難しい政治・経済の仕組みを著者の側面から見た提言(理に適った考えでもあると筆者は感じている)と捉えて、肩の力を抜いて読んで頂きたい。本書の冒頭に「はじめに断言したいこと」として、民主主義の根幹を成す政治を変えるには、民主主義ゲームのルールを変えるか革命を起こすかであるが、その選択を助けるマニュアルだと宣言している。その結果が、著者の現状分析から導いた22世紀の民主主義の提言に繋がると纏めている。著者は、現代経済学の第一線で活躍するアメリカ・イエール大学の若手研究者で、既に世界的にも貴重な研究業績を上げている。専門分野は、データ・アルゴリズム・ポエムを使ったビジネスと公共政策の創造とデザイン。ウェブビジネスから教育・医療政策まで幅広い社会課題解決に取り組み、企業や自治体と共同研究・事業を行っていると自己紹介している。本書では、「故障」と題して20世紀からの世界の政治・経済の諸々の問題点を列記している。その中に「民主主義とコロナ禍での影響度合い」をグラフから民主主義指数とGDP成長率とコロナ死者数の推移を比較分析している。その結果、「民主国家ほどコロナ死者数が多く、経済の失速が大きかった」ことを示している。同じ手法で、21世紀での世界政治・経済の変化を対比して分析している。そこから見える民主国家と非民主国家との変化の違いが明確に分かると書いている。結論的には、民主国家ほど民主主義の「劣化」が進んでいると指摘している。戦後になって、経済と言えば「資本主義」、政治と言えば「民主主義」が、我々の考えの中心にあった。戦後75年も経って政治も経済も大きく変わりつつある。問題は、どうして民主主義が劣化してきたのか。それとコロナ・パンデミックが発生して過去の問題点が顕在化したのか等々を紐解いている。民主主義は一見平等を目指して、選挙では貧富の差に関係なく一人一票の権利が保障されている。そこで多数を得た政治家が選ばれ、多数を得た政党が国家を動かす仕組みである。所が、インターネットが世界中に普及して、あらゆる情報が誰でもどこでも即座に入手可能となった。このネットを通じたメッセージの普及と偏りが、「民主主義の劣化」に拍車をかけたと著者は指摘する。この点に関しては、後述する民主主義の劣化に対する対処策で、著者の提案も含めて書いている。
現状からの対処策(その1) ――民主主義の闘争か逃走?――
本書は、先に書いた民主主義の劣化に対する具体的な対処策を書いているが、現制度内での闘争と逃走に限って述べている。先ず闘争だが、政治家とメディアに絞ってポイントを紹介すると、政治家の報酬制度を活動成果指標(GDP、平等・幸福度等)に応じて支払うか、再選保証を導入する。更に、選挙制度を再設計(オンライン投票、アプリ投票、世代別投票、有権者も含めた任期や定年導入等)する方法もあると書いている。果たして、どの程度実現可能な制度なのか、闘争する提案としては心許ないと著者は本音を書いている。だから革命などで国家の根本制度を覆すなどという大それた考えは考察マニュアルに除外している。次に、闘争が駄目なら逃走が考えられるか。既存の国家を逃げ出してデモクラシー難民となって、独立国家・都市群が出来ると仮定される世界。過激な妄想だと思われるかもしれない。だが、そのような試みが実は進行中である。21世紀後半、海上・海底・上空・宇宙・メタバース等に国家を作るかもしれないと著者は書いている。以上の対処策は、考え得る範囲内の策ではあるが本書の狙いは、次の無意識民主主義を論じる序文であると筆者には思える。
現状からの対処策(その2) ――新たな無意識民主主義?――
著者は、新しい民主主義とは「無意識に頼る民主主義」だと提案する。現状の選挙で政党や政治家に投票するというのも無理がある。数多くある政策にも関わらず、選挙で選べるのはたった1つの政党、たった1人の政治家。そんな1票で、多くの想いを全て反映させることなど不可能。だからこの際、無意識に頼る。具体的には、我々の生活のあらゆる視点からデータを取って、本当に望む政策を浮き彫りにする。そのデータからコンピュ―タ分析して大勢を決める。つまり、想いを表現するのも無意識に、思いに応えるのも無意識に実施する。人間の意識をなるべく介在させない民主主義を「無意識民主主義」とした。「無意識民主主義」の実現のために、アルゴリズムによる「無意識民主主義」の素晴らしさや、その実現可能性について語ることが本書の目的であると書いている。その為には、IT企業の頑張りが「無意識民主主義」の実現の鍵になる。それはアルゴリズムに支配される環境を受け入れる空気感に繋がるとからだという。著者の「無意識民主主義」とは、意図的な意識の排除であり、無意識な部分を機械的に分析する方が理にかなっていると考えている様だ。著者は、「無意識民主主義」は「無意識データ民主主義」で、“エビデンスに基づく価値判断(新しいアイデア)”と“エビデンスに基づく政策立案(枯れたアイデア)”から成り立つと定義している。この背景には、多くの人が望む民意をコンピュータ・データから抽出する仕組みとして、政治家や革命家といった存在のない民主主義を理想としているのか。だから副題の「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」に繋がってくる。政治家が国民や民意を代表する役割を責任持って全うする仕組みは、人類の昔からの課題でもある。本書は、難しい課題を身近な事例から分かり易く紐解いているが、民主主義をどう自覚するかを考えさせる。
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