図書紹介
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夜に星を放つ
(窪 美澄著、(株)文藝春秋、2022年5月30日発行、第1刷、220ページ、1,400円+税)

デニマルさん : 10月号

今回紹介の本は「夜に星を放つ」という話題の小説である。本書は今年7月に発表された第167回の直木賞に目出度く選考された。同時に芥川賞には「おいしいごはんがたべられますように」(高瀬隼子著)も選ばれた。両賞が共に女性作家の受賞である。今時、女性の受賞は珍しくもないが、同時受賞はニュースバリューがあると思って調べてみた。すると令和(2019年から)に入って4回も同時受賞していた。この賞の発表は年2回あるので、8回中の半分は女性作家の同時受賞であった。コロナ禍がパンデミックとなり2年半も過ぎ、中々終息が見通せないが、社会の変化と共に作家も読者も変化しつつあるのか。今回紹介の本にもコロナが背景となっているものもある。この「話題の本」では、芥川・直木賞以外でも、その時点で最も話題になったものを取り上げている。そこで過去10年間のベストセラー本(日販調べ)から、芥川・直木賞も含めて何冊位を紹介したか克明に調べてみた。この「話題の本」でベストセラー本の10位以内にランクされた本(約100冊)を照合してみたら、19冊も取り上げていた。面白いことに芥川・直木賞は夫々1冊ずつであった。芥川賞は、2014年の「火花」(又吉直樹著)で2015年のべストセラー本で堂々の1位(253万部)、この「話題の本」では2015年7月号に紹介した。直木賞は、2016年の「蜜蜂と遠雷」(恩田陸著)で2015年のランクが3位(57万部)で、「話題の本」では2017年1月号である。この2冊以外は、ベストセラーの10位にもランクされていなかった。しかし、ここで紹介の19冊の中にはベスト10入りは逃したが、話題になった芥川・直木賞を受賞した本も少し取り上げている。芥川賞で2冊(「おらおらでひとりいぐも」と「むらさきのスカートの女」)である。直木賞では6冊(「下町ロケット」)他)もあった。この数値の差は、読者の人気等々が関係している。因みに、残りの9冊の選ばれたベストセラー本には、本屋大賞や新書大賞他の受賞作品であるが、他にPM関連とか、絵本大賞とか筆者の個人的な好みが加味されている。このオンラインジャーナルの図書紹介(話題の本)の原稿を書き続けて20年以上にもなるので、ここで改めて読者の皆さんや編集関係者の方に心から感謝を申し上げたい。さて前置きが長くなったが、本題に入りたい。先ず、著者の紹介から始めたい。著者は、東京都稲城市生まれ。カリタス女子高等学校卒業。実家の事情で、短大は中退。その後、広告制作会社勤務を経て、フリーランスの編集ライターとして働く。主に身体と健康を中心に出筆。他に占星術、漢方などをテーマに、書籍、雑誌、WEBの分野で活動。2009年「ミクマリ」で第8回R-18文学賞大賞を受賞し小説家デビュー。2011年に受賞作を収録した「ふがいない僕は空を見た」(新潮社)で第24回山本周五郎賞受賞、第8回本屋大賞第2位。同作はタナダユキ監督により映画化され、第37回トロント国際映画祭に出品された。2012年「晴天の迷いクジラ」で第3回山田風太郎賞受賞。2018年「じっと手を見る」と、2019年「トリニティ」で直木賞候補、第36回織田作之助賞受賞。今年「夜に星を放つ」で直木賞受賞に輝いた。

夜に空と云えば          ――星座がテーマか?――
本書は、五編の短編集から構成されている。題名の「夜に星を放つ」の通り、夜空の星と星が連なる星座をテーマとしながらも、人が抱えた諸々の問題と関連させてストーリィが展開されている。その前に紹介の本の装丁について触れて置きたい。先ず表紙画だが、夜空に浮かぶ月と星と雲と少年がある。夜空に物語が浮かび上がっている様でもある。それと各編のタイトルページに星座の挿絵が内容を示唆する如く描かれている。装丁と装画にも著者の深い思い入れが随所に窺える。最初のタイトルは「真夜中のアボカド」である。タイトルページには星座(双子座)のカット画がある。何の脈絡もないアボカド(果実、和名:わになし)と双子座が見事に結び付くのだが、話の組み立てが絶妙である。双子座は、主人公の綾ちゃんと3年前に27歳で亡くなった妹弓ちゃんであるとだけ紹介して置く。コロナ禍で慣れない外出禁止下での話である。次が「銀紙色のアンタレス」だが、アンタレスとは、さそり座で目立つ赤い星である。主人公の高校生・真(まこと)が心を動かす女性がさそり座で、それが赤色でなく銀紙色であるのは、読んでのお楽しみだ。三編目の「真珠星スピカ」のスピカは、おとめ座のα星と呼ばれる真珠星。主人公・みちるは母を亡くした中学生。学校でイジメにあっているが、イジメが無くなった経緯と流れ星(スピカ)が真珠に見えて話が繋がる。詳しくは本書でご確認下さい。四編目「湿りの海」は主人公・離婚歴のある沢渡が見た絵画「湿りの海」(エンディヌ・トルーベロ作、月の表面を描く)、持ち主は隣に住むシングルマザー。そこでDVがあった物語。夜空の月の中に居るのは誰であろうか。五編目「星の髄(まにま)に」、主人公・想(そう)は小学4年生、コロナ禍での受験勉強。同じマンションの画家・佐喜子さんの話は、東京大空襲。夏の夜空に輝くベガ(こと座、織女星)を父と見る。継母を母と云えず名前でしか呼べない心の中は、読んでのお楽しみである。

星座と人が重なる          ――喪失と再生の物語?――
上記5編の作品は、登場人物も背景もバラバラである。共通するモチーフは星座と人間関係の絡みである。「真夜中のアボカド」では、コロナ禍の環境で亡くなった妹の彼氏を通じて、人との別れの哀しみを描く。「真珠星スピカ」は学校でのイジメと幽霊となった母親との生活を夢想しながら生きる。「星の髄に」では、父親の再婚相手を素直に受け入れない小学生の心の溝を綴っている。他の作品も同様に、かけがえのない人間関係を失った人たちが、再び誰かと心を通わせるように問いかけている。これはコロナの感染拡大による社会的変化で、身近に感じた“喪失と再生”の小説化ではないかと感じる。この点に関して、著者は受賞後のインタビューで、「星座は人間が物語るためのものです。星を勝手に線で結んでストーリィを作っています。だから星も人も、互いに時間と空間によって隔てられながら、けれども星座の一部として輝いています。主人公は、そうした他者との隔たりを隔たりのまま受容し、夜に放たれた星のごとく孤独と孤高とを分かつ境界は、繊細だけれど劇的なのです」と語っている。本書は、夫々のストーリィが一つの星座として輝いている好い作品である。

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