図書紹介
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サラ金の歴史 ――消費者金融と日本社会――
(小島庸平著、中央公論新社、2022年2月10日発行、5版、344ページ、980円+税)

デニマルさん : 9月号

今回紹介の本は「サラ金の歴史」を書いているが、副題にもある通り「消費者金融と日本社会」の関係から一般庶民の経済史として丁寧に貸す側(サラ金業者)と借りる側(サラリーマンや商店主等)の状況を克明に調べている。そこから浮き彫りにされた諸問題を分かり易く分析している。筆者も若い頃サラ金を利用した経験があり当時を懐かしく思った半面、著者が指摘した問題点を改めて再確認させられた。本書をここで取り上げたのは、専門家筋の評判が高いだけなく、内容の質も高く豊富な資料をベースに多面的に書かれ参考になる点が多々あるからだ。その評判の一つが、2022年新書大賞の受賞にある。新書大賞は、2008年に創設された中央公論新社が主催する新書に関する賞である。その年度に刊行された全ての新書から、最高の一冊を選ぶ賞と云われている。 今回で第15回を数える同賞は、第1回が福岡伸一氏の「生物と無生物のあいだ」、第2回は堤未果氏の「ルポ 貧困大国アメリカ」(話題の本、2009年10月号で紹介)、第3回は内田樹氏の「日本辺境論」(同じく2010年5月号)、最近では2018年に「バッタを倒しにアフリカへ」(前野ウルド浩太郎著、光文社新書)(同じく2018年4月号)等がある。ここでは直木賞や本屋大賞については、恒例の受賞作品紹介をしている。更に、特記すべきは、本書が第43回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)の受賞に輝いている点だ。少しこの学芸賞について触れてみたい。資料には『1979年(昭和54年)に創設された。人文科学・社会科学の研究者が日本語で執筆して、日本国内で出版した著書が対象である。受賞者の国籍・職業は不問だが、受賞者には研究機関か大学の教員が多い。正賞は楯、副賞は200万円。出版業界での文学賞は数多く存在するが、学術書を対象にした賞は数少なく、存在感と話題性がある。新人賞というわけではなく、若手の研究者が受賞することも多い』と紹介されてある。表彰対象部門も「政治・経済部門」「芸術・文学部門」「思想・歴史部門」と今回紹介の「社会・風俗部門」がある。過去43年の受賞作品と受賞者をみると、学際的でユニークな研究に対して贈られることも多いとの評判である。本書は「サラ金の歴史」だけでなく、昭和期以降の社会生活の深層に迫った読み応えのある内容である。ご一読をお勧めしたい。そこで著者を紹介したい。1982年東京生まれ。東京大学大学院経済学研究科准教授。2011年、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士(農学)。東京農業大学国際食料情報学部助教などを経て現職。著書『大恐慌期における日本農村社会の再編成』(ナカニシヤ出版、2020年、日経・経済図書文化賞受賞)、共著『昭和史講義2』(ちくま新書,2016年)、『戦後日本の地域金融』(日本経済評論社,2019年)等がある。専門分野は、博士(農学)とある様に農業関係である。しかし、現職は東京大学大学院経済学研究科准教授である。専門の農業からサラ金等々の経済学に携わった経緯が、本書の「おわりに」に書かれてある。著者が学生時代に友人と、北海道の「神内ファーム」(牛肉・蕎麦生産の他、植物工場で野菜の栽培等の異色な農場)を見学し、オーナ―や営業マンとの出会いがあった。その強い影響からサラ金業界に関心が移り、この本が誕生した経緯が書かれてある。サラ金業界の調査から著者の並々ならぬ熱意が窺える。

サラ金が意味するもの(その1)      ――社会生活史の側面――
ここでサラ金の歴史の概略を辿ってみたい。サラ金は1930年代に消費者金融として日本昼夜銀行が業務を開始した。これがサラリーマン金融(サラ金)の誕生であるが、その後太平洋戦争となり、その間の個人向けの金貸し業は、従前からの質屋が主流であった。本格的なサラ金のスタートは1960年代からである。消費者金融のターゲットは、エリートサラリーマンが多く住む団地族である。ご主人は猛烈サラリーマンで個人払いの接待等から、奥方は家電製品等の月賦での家計遣り繰りからの不足金補充で高いニーズがあった。ここから「団地金融」とも呼ばれた。1970年代には顧客がサラリーマン中心から「サラ金」とか「街金(まちきん)」と言われたので「サラ金」の名称が定着してきた。この頃からサラ金業者が長者番付けに登場し、鉄道ターミナル近くのポケットテイッシュ配りや、駅前ビルの広告・宣伝やテレビコマーシャルで一世を風靡した状況である。その時期から市場が拡大する一方で、多重債務への厳しい取りたて等から自殺者や夜逃げが世間を騒がせた。これが深刻な社会問題となり、「サラ金地獄」とも呼ばれる状況になった。その背景には、高金利と過剰融資と脅迫的取りたて等があった。こうした問題を行政は「貸金業規制法」で正常化を図った。その後、バブル期の経済低迷等々でサラ金業界は冬の時代に入る。業界側は、こうした悪いイメージを一掃しようと、「消費者金融」という名称変更を図った。現在では、「貸金業者=消費者金融」が一般的となっている。そして過去の大手サラ金業者(アコム、プロミス、レイク、武富士、アイフル)は、銀行傘下に吸収され銀行カードローン取扱で生残っている。

サラ金が意味するもの(その2)      ――金融史の隠れた側面――
著者は、本書を書くにあたっての奇妙な事態(サラ金が貧困層を支える様なセイフティネットの代替えをするような結果)に注目した。具体的には、「金融技術」と「人」の視点から調査・分析を始めた。先ず、今までの大金融機関は信用を基盤に資金調達・債権回収・信用審査等々の効率化を図って利益の最大化を狙って運営されていた。それに比べサラ金業界は、資金も乏しく歴史も浅く、リスクの高い零細企業や個人消費者をターゲットにした。その結果、大金融機関の手に及ばないハイリスク市場を切り開いた。更に、1970年代に巨大外資系資本が日本進出したにも係わらず、サラ金業界は自らのマーケットを守り通した。この歴史的経緯から、サラ金業界における金融技術の革新プロセスがあったからと著者は書いている。その経緯から、先の奇妙な現象(営利企業であるサラ金が、貧困層を金融的に取り込み利益対象に取り込んだ)となっていた。もう一つの「人」については、著者が「神内ファーム」で接触したオーナー(神内良一氏)に関係する。神内氏は、プロミスの創業者で人間的な金融システムの先駆者でもある。他のサラ金創業者たちにも同様な人物が多く存在する。サラ金の歴史を人物史的に捉え、人間味を少し感じさせる金融史に纏め上げた。

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