図書紹介
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さばの缶づめ、宇宙へいく ――鯖街道を宇宙へつなげた高校生たち――
(小坂康之、林公代著、(株)イースト・プレス、2022年1月16日発行、初版第1刷、205ページ、1,500円+税)

デニマルさん : 8月号

今回紹介の本は、題名の通り“さばの缶づめが、宇宙へいく”過程をドキュメンタリー風に纏めたもので、実際にあった話です。筆者がこの本に出合う10数年前から、福井県の高校生と宇宙飛行士を結ぶさばの缶詰の壮大なヒューマンドキュメントがあった。そのキッカケは、筆者が今年の5月に「宇宙飛行士野口聡一さんが宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職」のニュースを知った時から始まる。その話は、昨年5月の国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在を経て地球へ帰還されたことや、今回の宇宙飛行でISSの滞在期間が通算335日となり日本人最長を記録したことや、3度目の宇宙滞在中に行ったISSでのミッションの成果や今後の活動についての内容であった。中でも野口宇宙飛行士が5月の宇宙飛行では米国人以外で初めて、米国の民間企業(スペースX社)が開発した新型宇宙船「クルードラゴン」に搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)に向かった。更に、野口さんが宇宙に滞在するのは2010年以来3度目で、2020年11月から2021年5月までの約5ヵ月半、長期滞在クルーとして様々なミッションを遂行している。また地球帰還時には「滑走路」、「地面」、そして今回の「海上」と3つの方法で帰還を果たした初の宇宙飛行士となり、歴史に名を刻んでいる。専門的な国際宇宙ステーションでの船内活動や船外活動のミッションに加えて、宇宙での生活を支える宇宙服と宇宙日本食も紹介している。中でも鯖の産地である福井県の高校生が開発した「さば醤油味付け缶詰」など17品目の宇宙日本食が初めて宇宙に届けられたことが紹介されていた。そこで筆者が今回紹介の本に巡り合い、ここで紹介する運びとなった。この内容は、高校生がさば缶を宇宙に届けるまでの永い歳月と、多くの生徒さんや関係者の努力で達成された壮大な「高校生の宇宙日本食さば缶プロジェクト」なのである。そのプロジェクトの企画から実行、途中での諸々の概要は後述するが、14年という永い歳月を経ている。高校生活の3年間を5世代近くも継続されたストーリィである。またプロジェクト遂行に関し産官学の連携、次世代育成の観点からPMAJ関係者に参考になる点も多く是非読んで頂きたい内容である。著者をご紹介したい。小坂康之氏は福井県立若狭高等学校海洋科学科教諭で、このさば缶プロジェクト担当の先生でもある。博士(生物資源学)で「楽しいから学ぶんだ」をモットーに海の教育、探究的な学習に取り組んでいる。今までに地域と連携した海の再生活動や地域食材を利用した商品開発など指導。福井県優秀教職員、授業名人で俗称へしこ博士と呼ばれている。「へしこ」とは福井県の郷土料理でサバをヌカ漬けにした保存食。その発酵食品をテーマに博士号を取得している熱血教師である。もう一人の林公代氏は福井県生まれ。神戸大学文学部英米文学科卒業。日本宇宙少年団の情報誌編集長を経てフリーライターへ。宇宙・天文分野を中心に取材・執筆。NASA、ロシア、日本のロケット打ち上げ、ハワイ島や南米チリの望遠鏡など宇宙関連の取材歴は30年。『宇宙に行くことは地球を知ること 「宇宙時代」を生きる』(野口聡一宇宙飛行士、矢野顕子共著、光文社)等の著書が多数ある。本書では企画・執筆・生徒激励等を担当した功労者でもある。

鯖街道を宇宙へ繋げた(その1)      ――福井県立若狭高校――
今回紹介の「宇宙日本食さば缶プロジェクト」の開発を担当したのは、福井県立若狭高校の生徒さんである。正確には、若狭高校と小浜水産高校が統合される以前の旧小浜水産高校のさば缶製作の実習工場で担当された生徒さんたちである。福井県の小浜といえば、さば(鯖)が有名で、京都に通じる鯖街道でも知られている。現在の若狭高校の実習工場で生産されるさば缶は、年間で1万個である。地元では、地域の名産品としても有名である。この小浜水産高校は10数年前から少子化による生徒数減少等で、廃校の運命にあった。しかし、文科省のスーパーサイエンスハイスクール指定校(SSH)でもあり、将来国際的に活躍する科学人材の育成が期待されていた。そこで地元でも有名な若狭高校に統合され、海洋科学科として存続することになった。そのタイミングに、JAXAから宇宙日本食についての講演会が若狭高校で開催された。その講演会に刺激された海洋科学科の一期生は、「先輩たちのさば缶の研究を引き継いで宇宙へ飛ばしたい」と意欲を燃やし、SSH事業の課題研究が始動した。

鯖街道を宇宙へ繋げた(その2)      ――缶づめ宇宙に飛ばす――
先に紹介の若狭高校のさば缶実習工場について触れたい。このさば缶実習工場には、高度な食品衛生管理技術を学ぶ授業の一環として、2006年に衛生管理の世界基準であるHACCP(危害要因分析・重要管理点等)を取得(全国の水産高校では2例目)しているとある。このHACCPは、米航空宇宙局(NASA)が安全な宇宙食を製造するための衛生管理基準である。しかし、さば缶が宇宙に飛ぶにはJAXAが定める認証基準を突破する新たな挑戦が必要である。例えば、常温で1年半以上の賞味期限を有するとか、食中毒を予防するための衛生性を確保する等。更に、品質面では宇宙船内で食べ物の汁等が飛ばない粘度があり、特異な臭気を出さない等の条件もある。それに加えて栄養があって、美味しいのも必須要件となっている。これら全ての要件をクリアしJAXA認証を得るチャレンジが始まった。時に2013年である。

鯖街道を宇宙へ繋げた(その3)      ――野口飛行士さば缶食べた――
若狭高校の「宇宙日本食さば缶プロジェクト」の担当者は、それぞれ色々な課題に直面しながら、コツコツと地道な試作を繰り返し、データを積み上げて認証取得に挑んだ。その結果のクライマックスは、2020年11月27日(日本時間)に野口飛行士がユーチューブでISSから動画投稿された内容に集約されている。果たして、どんな評価をされたのかは、本書を読んでのお楽しみである。それと巻末に『あれから20年。「宇宙日本食さば缶プロジェクト」は、学校と地域、教員同士のコミュニティの形成があり、(中略)学校の取り組みが地域へ、世界に広がり、ある時「ビックバン」のように宇宙に飛び出した。生徒一人一人が自分のこととして熱い気持ちで、鯖街道から「学びのビックバン」を起こした』と結んでいる。

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