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「エンタテイメント論」(175)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :10月号

エンタテイメント論


第 2 部 エンタテイメント論の本質

7 本質
●エンタテイメント論やエンタテイメント学の不存
 筆者は、理論と実践の両輪で「エンタテイメント論」を構築させた。その内容を本稿で毎月紹介してきた。その際、エンタテイメント其れ自体を論じるだけなく、「エンタテイメントに関わる様々な物事(モノとコト)」も論じてきた。今後も其の積りである。

 それにしても、日本に「おもてなし論」、「ホスピタリティ―論」、その応用編である「観光学」が存在するが、「エンタテイメント論」、「エンタテイメント学」は存在せず、大学で教えられていない。それらしき「エンタテイメント論」や「エンタテイメント学」は散見されるが、精査すると、エンターテインメント事業分野で「夢・成功一貫達成」を成し遂げた人物に依って構築された「論」や「学」でない様である。残念無念である。仕方がなく、筆者一人で「孤軍奮闘」してエンターテインメント論を主張する羽目になっている。

出典 左画 エンタテイメント
出典 右画 おもてなし
出典 左画 エンタテイメント webstockreview.net/pict/getfirst
  右画 おもてなし omotenashi-hospitality/de20866bd2a7b0d12ac2de6ff56048b6

 筆者を支援・協力する一方、自ら新しい「エンターテインメント論」を構築し、主張する人物が現れないだろうか? 逆に筆者を批判・攻撃する一方、自ら新しい「エンターテインメント論」を構築し、主張する人物が現れないだろうか? どちらの人物も大歓迎である。

●エンタテイメントに関わる様々な物事(モノとコト)について
 エンタテイメントに関わる直近で議論した「物事」は、今、話題の「人生100年時代を如何に生き抜くか?」を「エンタテイメント」との関係で論じた事である。その前に議論した「物事」は、発想理論と発想法をかなり長期間に亘って論じた事である。

 特に「デック思考(夢工学式発想法)」を紹介する過程で、「エンタテイメントに不可欠な優れた発想と優れた発想に不可欠なエンタテイメント」と云う相互補完関係と相互不可欠(Crucial & Critical)関係を論じた。またエンタテイメントを経営(業務)に活用する事は経営(業務)の成功に大きく寄与する事も論じた。

優れた発想
出典:相互補完関係
エンタテイメント
出典:相互補完関係 dogether.fr/wp-content/uploads/Co-Creation-02.gif

 更にエンタテイメントは個人の生活、会社の活動、社会の活動、地域の活動、そして国の活動に於いて様々な優れた働きをする事も解説した。企業人(社長 & 社員)を含め、一人でも多くの人がエンターテインメントの重要性、必要性、活用性を理解して欲しい。しかし此の重要性、必要性、活用性を指摘する学者、評論家、企業人は、筆者の知る限り、存在しない。何故か?

●エンタテイメントへの「蔑視」とおもてなしへの「尊視」
 存在しない理由は、彼らがエンタテイメントを「歌舞音曲」に属する「低次元の物事」と認識している為である。「昔風」に言えば、エンターテインメントは「川原乞食」がする物事と誤解し、曲解し、「本心、本気、本音」では「蔑視」している為である。

 もっとも蔑視されても仕方がない事実が数多く存在する。例えば、現在の日本のTV業界、映画業界などに於いて、本物の芸も、本物の面白さも、本物の知恵も全く持たない「極めて薄っぺらな笑い」だけを取るだけの「お笑い芸人」が「我が物顔」で闊歩している。しかも彼らを「本心、本気、本音」で蔑視しながら、「極めて薄っぺらな笑い」で満足する多くの聴衆がいる事も事実である。どっちもどっちだ。これでは「本物のエンタテイナー」は生れないし、生まれても育たない。

 一方「おもてなし(ホスピタリティー)」の世界では一転一変する。多くの人は、「おもてなし」を「高次元の物事」と認識。「茶道」、「花道」等に通じる物事と考え、其れを「本心、本気、本音」で「尊視(★)」している。その結果、多くの学者、評論家、企業人は、「おもてなし」の在り方とやり方を真摯且つ真剣に議論し、「おもてなし論」、「ホスピタリティー学」、「観光学」などを構築し、発展させている。東京オリンピック(2020年開催)の誘致活動としてIOC総会で滝川クリステルに語らせた「Omotenashi(おもてなし)」は多くの人の記憶に今も残る。★筆者の造語。もし日本で既に此の言葉が使われていたならば、筆者の造語とする事は誤りである。

●エンタテイメントとは何か?
 さてエンターテインメントとは何か? 此れは戦前の日本には存在しなかった言葉で、戦後、欧米から入ってきた言葉である。

 Entertainmentとは、辞書では、娯楽、気晴らし、接待、歓待、もてなし、余興、演芸、人を楽しませる事、楽しい軽い小説などを云う。Entertainerは芸人、芸能人、客を楽しませる人、お座敷の太鼓持ちなどを云う。

 エンタテイメントの一般的な定義は、人々を楽しませ、生き抜きさせ、気分転換させ、人の心を魅了して離さない娯楽内容やサービス内容などを提供する事と云う。

 エンタテイメント(entertainment)の語源は、ラテン語の「inter」+「tenere」である。前者は「一緒に」、後者は「維持する」という意味である。従って「一緒に」、「楽しい事を」、「続けよう」が真意である。もっとも「楽しい事」の語源はどこにあるのか? 調べたが、分からない。知っている読者がいたら教えて欲しい。

出典:エンタテイメント
出典:エンタテイメント
clipground.com/pics/get

 筆者が定義する「エンタテイメント」とは何か? 本稿で解説済である。再度、概説する。其れは下記の様な「思考と行動」を行う事である。エンタテイメントの語源の意味に近い。
  1. 1 送り手(エンタテイナー)は、自ら考案(思考)した「楽しい事」を観衆に伝え、楽しませ、「心を魅了」叶えさせる(行動)こと。楽しい事には、逆の観点から不安、恐怖なども含まれる。
  2. 2 受け手(観衆)は、自らの「心が魅了」された事(思考)を送り手に意識的、無意識的、直接的(送り手と受け手が同じ空間を共有=劇場など)、間接的(TVなどの視聴結果をメールやファンレターで送り手に発信する)に伝える(行動)こと。
  3. 3 送り手と受け手の双方向で「心の魅了」に関して送受信(行動)すること。即ち「一緒に」、「心を魅了」する「楽しい事」を享受し、「続ける(行動)」こと。この時、真のエンタテイメントが実現する。
  4. 4 「心の魅了」とは、楽しい事、感激する事、感動する事、その反対の不安になる事、恐怖する事など感情、感覚など「感性」が揺り動かされ、「感性の充足」が成される事を云う。
  5. 5 「心の魅了」は、「感性の充足」だけでは不十分。「薄っぺらな笑い」では全てが一瞬に消え去る。一方「薄っぺらな笑い」を提供した本人自身も「本心、本気、本音」では満足していない。
    「心の魅了」には、「感性の充足」だけでなく、「なるほど」、「そうだったのか」、「理解できる」など「理性の充足」が必要である。更に本当に心が魅了される為には、「人間性の充足」が成されること。此の時、其のエンターテインメントは本物となり、感激、感動を齎す。
  6. 6 「デック思考」の発想理論の中で第一の脳である「右脳、左脳、前頭連合野」の働きを解説した。「感性(1+1=∞)」を刺激するエンターテインメントが提供された時、「右脳」が反応する(楽しい、面白い、怖いなど)。「理性(1+1=2)」を刺激するエンターテインメントが提供された時、「左脳(なるほど、分かったなど)」が反応する。「人間性(感性と理性を超える命)」を刺激するエンターテインメントが提供された時、「前頭連合野」が反応する(感激、感動する)。と同時に第二の脳の胃腸も反応し、其のエンタテイメントが「腑に落ちる」と感じる。また第三の脳の皮膚も反応し、其のエンタテイメントで「鳥肌」が立つのである。

●黄金三角ピラミッドについて
 本稿で「黄金三角ピラミッド」を何度か紹介した。此れは、新しい「知」を創造する「科学」、新しい「技」を創造する「工学」、新しい「価値」を創造する「事業(ビジネス)」、そして新しい「美」を創造する「芸術」の4つで構成された「三角ピラミッド」の事である。

黄金三角ピラミッド

 新しい「美」とは、「美しい事」の他に、楽しい事、感動する事、恐怖する事なども意味する。それらは音楽、絵画、彫刻などの「典型的芸術」が生み出す他に、「遊び」、「趣味(道楽)」、そして「エンターテインメント」も生み出す。

 子供が遊びに無我夢中になること、大人が趣味(道楽)に無我夢中になること、女優、歌手など(エンタテイナー)に憧れ、無我夢中になることは、全て本人にとって新しい「美」の発見であり、「美」をエンジョイする事である。それ等は全て「芸術」に属する「思考と行動」である。

 従ってエンターテインメントは、典型的な「芸術(アート)」と一線上に位置するものである。「おもてなし」は相手を接客する「一方向」の「思考と行動」であるのに対して、「エンタテイメント」は、大胆に言えば、「双方向のおもてなし」と言えるかもしれない。いずれにしても、「高次の概念」であり、「歌舞音曲」や「川原乞食」の部類のものでは断じてない。

●今後のエンタテイメント論の展開方法
 筆者は約30年前から日本が「構造的危機」に直面した事を主張し、今に至っている。しかも危機脱出ができないどころか、危機の深刻性と拡張性は益々激しさを増している。円安の影響があるが、日本のドル建てのGDPは、ドイツと同水準になり、今から約30年前の日本に逆戻り。世界3位の経済大国でなくなった。

 日本は「今のまま」では、今後10~15年以内に世界第4位~第5位の経済国に凋落する。此の危機の日本国を救う「モーゼ(救世主)」は誰か?
 
 其の人物は、政治家、官僚、学者、社会活動家などではなく、日本の大企業と日本の企業数の9割以上を占める中小企業の「企業人(社長 & 社員)」である。企業人がやるべき事は、一にも、二にも「自社」の事業を成功させ、会社を発展させる事である。此の積み重ねによって日本の事業~産業~経済が再生・復興し、日本が豊かになり、危機を脱出する。その為にも、エンタテイメントの重要性、必要性、活用性を再度、強調したい。

 さて前号から既にエンタテイメント自体を「核」とする解説を始めている。しかし堅苦しい理論や理屈でエンターテインメントの本質論を云々する事は、そもそもエンタテイメント性に反する。従って可能な限り、「楽しく」、「面白く」、「刺激的」な解説をする様に努力する。その方法としてエンタテイメント分野で話題になっている「或る事」を取り上げ、其の事を基にエンタテイメント論を展開していきたいと考えている。

 次号では、日本の構造的危機が日本のエンタテイメントの世界にも直撃している事、日本は世界のエンタテイメント業界で「蚊帳の外」に置き去りにされている事、隣国の「韓国」からも置き去りになった事などを取り上げる予定である。暗い話ばかり多くなるが、明るい話に変える方策も解説するので、嫌がらずに読んで欲しい。
つづく

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