理事長コーナー
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第5次産業革命前夜

PMAJ 理事長 加藤 亨 [プロフィール] :9月号

 18世紀にイギリスで起こった産業革命は、その後の世界に大きな発展と繁栄をもたらしたと言われています。その一方で、現在の大きな社会課題となっている、地球温暖化、格差社会、国際紛争の原因となっているとも言われています。
 産業革命の歴史を紐解いてみると、第一次産業革命が18世紀にイギリスで起こり、工場型の製造業を生み出し石炭への需要を拡大し流通を加速させ、第2次産業革命が19世紀にドイツで起こり、重化学工業を発展させ石化エネルギー革命を起こし、第3次産業革命がアメリカを中心に発展し、情報産業を生み出し全世界を結ぶサプライチェーンによる資産の集中を加速させ、そして第四次産業革命が情報化の進んだ先進国を中心に発生し、プラットフォーム産業というすべての価値をその中に取り込む仕組みが確立しようとしています。
 私が今年のPMシンポジウムの講演のタイトルを
「第5次産業革命前夜~明るい未来を創るプログラムマネジメント~」
にしようと思ったきっかけは、次に起こる産業革命は、これまでの産業革命の負の遺産を解消し、明るい未来を創造する革命であってほしいとの願いが、今年のPMシンポジウムの大会テーマ「明るい未来を創る」に重なったことです。
 講演資料の準備をする中で見つけたのですが、同様のコンセプトを2021年に欧州委員会が、
 “Industry 5.0 Towards a sustainable, humancentric and resilient European industry”
 「第5次産業革命 持続可能で人間中心で弾力的な欧州産業へ向けて」
というレポートで発表しているのを知りました。
 このレポートの冒頭には、インダストリー5.0は、「既存の 「インダストリー 4.0」 パラダイムを補完する」位置づけであり、「株主中心からステークホルダー全員の価値へと焦点を移す」ことが明記されており、私の願いとかなり一致することが分かりました。
 ちょっと驚いたのは、その中で、日本の「ソサエティ5.0」を先行するコンセプトとして取り上げ、「ソサエティ5.0 とは、高度な IT技術、モノのインターネット、ロボット、人工知能、拡張現実 (AR) が、日常生活、産業、ヘルスケアなどの活動分野で、主に経済的利益のためではなく、各市民の利益と利便性のために積極的に使用される社会です。」と評価していることでした。日本ではあまり報道されませんでしたが。
 私たちは、ともすると日本を過小評価する傾向があります。それはある時には謙虚であるとかおくゆかしいという、ある意味での好評価を受ける場合もありますが、逆に言えば、本来取るべきリーダーシップを取らないという姿勢につながる危険性があることに注意する必要があると思っています。
 今、連日報道されているように、地球温暖化の影響を受けて、世界中で激甚災害が発生しています。加えて、いまさらのように領土拡大、資源獲得を目指した一部の国による覇権主義的な紛争が進行しています。
 今や、これまでの産業革命の延長線上にある、経済利益の獲得競争というマネジメントでは、地球が、世界が成り立って行かない、持続可能性が保てないことは明らかです。
 欧州委員会のレポートの中では、従来の価値の獲得競争という目的に変えて、「人間中心」、「持続可能性」、「レジリエンス」という 3つのコア要素を目的として設定し、この達成を目指すことで、産業を「持続可能で回復力のある繁栄の提供者」にして行こうということが提唱されています。

 2024年から流通する一万円札の顔となる、日本資本主義の父、渋沢栄一氏の著書に「論語と算盤」があります。これは渋沢氏の主張する「道徳経済合一主義」を具体的に示した著書であると言われています。この主張は、その後の多くの日本企業の経営理念に受け継がれて行きますが、このような考えは、渋沢氏だけが持っていた理念ではなく、例えば近江商人の「三方良し」の考えに代表されるように、日本の商人が一貫して培ってきた日本の風土に根差した基本的な考え方だと思います。そしてそれは、持続可能性と密接に繋がっていきます。
 最近では、国際競争力が落ちた、デジタルの活用度が低いなどと、評判の芳しくない日本企業ですが、一方で、そのサステナビリティ、持続可能性は群を抜いていることをご存じでしょうか。世界の長寿企業ランキングでみると、100年以上続く企業数でみると、日本は断トツの一位(構成比で41%)、200年以上続く企業では、さらに断トツ一位(構成比65%)となっています。
 これは偶然の結果ではなく、先ほど示したような、日本の商人が、己の利益だけを追求するのではなく、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という多様な価値観のバランスをとるという、日本の風土に根差したマネジメントを実践してきた結果だと言えます。そしてそれは、ミッションから落とし込んで、一連のプログラムを定義することで全体のバランスをとってミッション達成をめざすというプログラムマネジメントの思想が、暗黙の裡に実践されていたということだと考えています。
 今、日本人は、この持続可能性を支える文化に根差した、日本流のプログラムマネジメントというものを、来るべき第5次産業革命に向けての心構えとして、世界へ向けて発信すべき時ではないかと考えています。
 9月15日に開催される、PMシンポジウム2022の私の主催者講演では、こんな考えをお話ししたいと思います。ぜひ、ご視聴ください。

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