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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (46)
―え、「きぼう」実験棟が座屈する?―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :9月号

○ 打ち上げ時、爆発ナットに不具合
図 1 シャトル打ち上げ射点の様子  スペースシャトルのような巨大で複雑なシステムは、打ち上げて宇宙にいくシステムとそれをコントロールするシステムと連動して1つのシステムとして動くので総合システムエンジニアリングの力がいります。その総合システムのすっきりしない不具合が2003年2月のコロンビア号事故の半年前に起きました。ちょうど筑波宇宙センターで「きぼう」の構成要素を全て集結させ総合システム試験を実施している最中でした。それは船内実験室をケネディー宇宙センターに輸送する半年前でした。シャトルは打ち上げごとに不具合が起きていますが、大部分の不具合はシャトル特有の不具合なので「きぼう」には直接関係はありませんでした。ある時、構造担当主任Wが神妙な顔をして私の席にやってきて、「時間をください。」といいます。そして、以下の説明を始めました。

 2002年10月には、シャトルが危機一髪の事態に遭遇しました。図1の打ち上げ発射台の上に置かれたシャトルは、図2のようにシャトル本体は十分な推力がえられるまでは発射台に固定されています。8本の巨大なナット、外部燃料タンクの換気ラインと引き綱に各1本の合計10本のナットで固定されています。これを発射時に火薬で全てを爆発しボルトを分離してシャトルが打ちあがる設計になっているのです。この時に各ナットには2つの着火装置(バックアップ構成)がありますが、2002年10月の打ち上げ時には1つしか着火しなかったのです。このためアラームが作動して搭載コンピュータが停止したため、地上管制センターは自動制御システムを解除せざるおえなくなりましたが、結果としては10本のナットがすべて爆発したので、シャトルはなんとか発射台から打ちあがることができました。NASA広報担当は、「次のエンデバー号に遅れが生じるとは思わないが、再びこのような問題が生じないと自信が持てない限りエンデバー号は打ち上げない。」と語りました。 (1)
 しかし、次のシャトルでも問題なく火薬が爆発するかどうか、誰にも確証がもてない状態だったのです (2) この不具合は、NASAのシャトルプログラムオフィースからISSプログラムオフィースに速報され、ISS構造担当が今後の全てのシャトルに搭載予定のISS荷物が、打ち上げ時に当初の想定以上の力がかかっても構造上耐えられるかどうかを調査することになりました。そのためJAXAにも調査の指示がきたのです。

 W主任は、「その後の調査でも不発の原因は解明できず、発射台の配線システムや電源コネクタを交換するという大がかりな作業をしています。NASAも2系統とも火薬が点火しないことはないと言っていますが、万が一2系統とも点火しないと固定ボルトがはずれないので船内実験室にも過大な力が継続してかかります。「きぼう」実験室はかなり強度余裕があるので、構造上問題はないと思いますが、最悪の場合、実験室底部のキールピンがシャトル荷物室にひっぱられて実験室が座屈します。プロジェクトの技術課題として認識しておいてください。」

図 2 打ち上げ時に力のかかる様子  要するに大きなたわみを生じて実験室底部が部分的に変形するとのことだった。航空母艦の戦闘機発進の時に一定の速度に上がるまでカタパルトで引っ張る方式をとっているのを聞いたことがあるが、シャトルの打ち上げも同じようなやり方をしているのは初めて知った。彼は、淡々と他人事のように話すので、私は非常に心配になり不安の塊が頭の中を回っていった。

 そのあと、彼がもってきたシャトルのハンドブックの該当部分を読んでいたら確かに大型の固定ボルトで引っ張っている箇所を見つけた。しかし、火薬を爆発させて切り離す方式は、世界のロケットも衛星も広く使っているもので、昔は火薬が点火しないで切り離しができずに失敗したことは多々あったが、最近は失敗したニュースを聞いたことがない位信頼性の高い方式になっています。
 私の参謀の一人であるシステム統括主任Tに相談することにした。T主任は、制御工学の出身であったが、システム工学の考え方で宇宙技術に関する分野をカバーできる才能をもっており、リーダータイプでピンチや混乱の時にも冷静で、内容をしっかり把握し、他の人から頼りにされていた。私も技術的な課題がでてくると彼に話して意見を聞いていたが、いつもしっかりした答えを返してくれた。今回の課題について彼はまったく問題にしませんでしたので、私は一安心しました。

○ 「きぼう」は問題ない!
 W主任は、「きぼう」開発企業の構造屋といろいろなケースの解析を実施するとともに、NASA構造担当と密接な連携を行っていました。次のシャトルの打ち上げは、酸素漏れや地上の操作員がロボットアームに昇降機をぶつけたり、スペインの緊急着陸場が稲妻に阻まれたりで打ち上げは11月23日になっていました。私は、この打ち上げを注目していましたが、打ち上げのシーケンスは順調に進み分離ボルトも解除され、問題なく打ち上げました。その次のシャトル打ち上げも問題なく進行しました。NASAは打ち上げ毎にデータを取得しデータを解析していましたが、これがプログラムとしての技術課題として話題になることはありませんでした。私は、「きぼう」開発ではもっと筋の悪い技術課題が山積していてそれをこなすのに精いっぱいで、時たま思い出すことがありましたが普段は忘れていました。幸いシャトルが退役するまでこの問題は起きませんでしたが、構造が専門ではない私にとっては技術的にはすっきりしないものが残りました。

参考文献
(1) 2002年10月16日付け、Florida Today
(2) クリス・ジョーンズ著、「絶対帰還」、光文社、2008年

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