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ちゃんと考える力

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 
 「ちゃんと考える力」という表題は、漠然としている、と思われた方がいるかもしれない。「ロジカルに考える力」などと言った方が、ビジネスによりふさわしく聞こえるだろう。しかし、今の私にとっては、この「ちゃんと考える力」という表現が、しっくりきている。日々、思っている。「ちゃんと考えなきゃ」「なんでちゃんと考えなかったのだろう」「なぜちゃんと考えないのだろう」と。そして、思った後に、「あ、責める表現ではなく、前向きな表現で言うんだった」と気づき、余裕がある時は、「ちゃんと考えることができるために、どうしたらいいのだろう」といった問いに、言い換えたりしている。
 どういう時にそう思うのか、いくつか事例をあげながら、私にとって、「ちゃんと考える力」が意味するところを整理してみたい。
 先日、副業先の企業で研修をやった時のこと。マネジャーのレベルアップを狙うという目的で、先方のニーズに合わせて完全カスタマイズで、つくっている。先日のパートは私がたたきをつくり、一緒にやっているパートナーに見てもらった。その上で、依頼先の事務局の方々にも見てもらい、適宜修正をした上で、最終形にした。更に、東京から新大阪に向かう新幹線の中で、実際に研修をしている場面を何度か思い浮かべながら、流れやその時に言うことを微修正をしながら言語化した。最後に、仕上げとして、受講者目線で見直し、「これでばっちりいける!」と、準備万全のはずだった。
 コロナの影響により、現場での修正はあった。濃厚接触者となった出席者が減ったことによるグループワークの人数の調整。また、密を避けるために、部屋を分散してのグループワークの実施。これら2点については、動じることなく、対応することができた。
 「ちゃんと考えていなかった」のは、グループワークの時の指示だった。誰が聞いても迷わない指示をする必要性をこれまで何度も痛感してきたのに、詰めに甘さがあった。「皆こういう作業をしてくれる」と想定していたのだが、グループ間でばらつきが出た。例えば、「理想の職場に対する現状の点数」をつけてもらう際に、「項目ごとに点数をつけたグループと、全体でざっくり点数をつけたグループとに分かれた。そのこと自体は問題にはならなかった。しかし、皆を迷わせてしまったことに違いはない。指示を受けた人と同じ目線に立って、その指示の中だけの情報をもとに、各作業の流れを「ちゃんと考える」ことが必要だった。
 また、3人ずつのグループで、一皮むけた経験を順に語ってもらう際に私が伝えた指示も、受講者目線ではなかった。7分間で語ってもらいたいのは、「どんなチャレンジがいつ頃あって、その時どう感じたか、それをどうやって乗り越えたか、その結果どうなったか」ということだ、と説明した。そうしたところ、一緒にワークショップをやっているパートナーの方が、「だらだら思いつくままにしゃべってもらって、大丈夫です」と言ったのだ。そのワークが終わった後、受講者の一人が言った。『だらだら話していい』と言われて、気が楽になりました」と。確かに、ストーリーで語ることをしょっちゅうやっている私にとっては、流れを考えて即興で話すのは当たり前のように感じていた。だが、受講者からすると、そうではない。英語でMeet them where they are at.という表現がある。状況に合わせて対応する、といった意味になるだろうか。それができていなかった。
 何かを説明する際も、「参考になるからこれも入れておいたら?」程度で入れたものは、聞き手を混乱させかねない。他のコンテンツとの繋がりが弱かったりするからだ。
 なぜ、このコンテンツを入れるのか?これは、他とどう繋がるのか、といったことがちゃんと考えられていないように見える研修は多々ある。しかし、私は、自分が提供するものについては、少なくとも、自分で繋がりを理解した上で提供していくようにしたい。
 「ちゃんと考える」ことを日常的にも、していきたい。例えば、マスクの着用。これだけコロナの感染が拡大しているにもかかわらず、大人数で、マスク無しの状態で大声を出しながら宴会をしている若者たちを時々見かける。あるいは、会話をしながらマスク無しで歩いている人たちもいる。その度に思う。熱中症予防でマスクを外す。これは、やったらいい。しかし、「会話無し」が前提条件だ。感染のリスクを「ちゃんと考え」たら、マスク無しで会話はしないだろう。また、捨て犬の存在。犬を飼い始める前に、その先ずっと面倒を見ることができるのかを「ちゃんと考える」ことができたら、捨てられてしまう犬の数も減るだろう。
 一人ひとりが職場で、そして日常生活で「ちゃんと考える」ことをすれば、より良い世界になるのでは、と期待している。「ちゃんと考える」ことができるよう、私も自ら実践し、周りの方々も支援していきたい。

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