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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (44)
―有人月探査計画立ち上げでの経験―

PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :7月号

 『岸田首相とバイデン大統領は5月23日、共同声明に、米国主導の有人月探査「アルテミス計画」をはじめ宇宙分野での協力を推進する方針を盛り込んだ。米国は2025年以降に米国の宇宙飛行士が月に降り立つ予定で、日本も計画への参加を表明しており、20年代後半に日本人宇宙飛行士が月面着陸する目標を立てています。ウクライナに侵攻し国際的に孤立を深めるロシアは中国と連携し宇宙計画に対抗する構えで。中国はロシアとの協力を軸に月探査を進める計画。』(読売新聞記事 (1)
 いよいよ有人月探査プログラムが政治的な色合いを濃くして本格的に進められる状態になってきました。本稿は筆者がJAXA在任中に経験した米国が国際プログラムを立ち上げるプロセスの一端を紹介します。

人類再び月面へのイメージ、出典:NASA ○ アルテミス計画
 アルテミス計画は米国が提唱した有人月面着陸計画です。少なくても10回の月面着陸が計画されており計画の詳細は2019年5月に発表されました。まず4人乗りのオリオン宇宙船で月周回拠点に向かい、乗り換えて月面に向かうことになります。(右図は人類再び月面へのイメージ、出典:NASA)
この計画は、主にNASAと米国宇宙企業、欧州宇宙機関、JAXAやオーストラリア宇宙庁などの国際パートナーによって実施されます。月面での持続的な滞在を確立し、民間企業が月面経済を構築するための基盤を築き、最終的には人類を火星に送るという目標に向けた計画になっています。

○ 国際有人宇宙探査グループ (2) (3)
 2007年頃からポストISS計画の検討として、米国は国際枠組みの調整会議(International Space Exploration Coordination Group: ISECG)をつくりました。将来の有人火星探査を見据えて有人月探査計画の国際検討フォーラムとしてISS参加国、中国、インド、韓国、ウクライナなど14の国際機関が参加して活動しています。この活動の成果は、ISECG参加機関によって調整された国際探査ロードマップであり有人および無人による宇宙探査に関する国際共通ビジョンとなっています。(YouTube 「JAXA Channel」で公開)アルテミス計画は、このISECGの国際探査ロードマップの中で米国に都合の良いところを利用した構想としています。米国政府の国際プログラムは、技術的検討が成熟し参加予定機関でもコンセンサスが得られるまで様子を見た上で政策的に価値ある時期に立ち上げます。

○ 国務省が国際プログラム立ち上げに動く
 米国は2013年頃から本格的に国務省を中心として動き始めました。インドが火星探査衛星を成功させ、中国が無人探査機で月面軟着陸を成功させるなど新興国が急速に表舞台に登場してきたことから、2014年1月にワシントンDCにおいて宇宙探査に関する閣僚級会議「国際宇宙探査フォーラム(通称、ISEF)」を国務省で開催しました。日本、中国、ロシアを含む35か国が参加しましたが事前に共同声明の案文を含めて1年近く根回しをしていました。この会議は、欧州中心に活動していた枠組みを米国が利用して政府会議に格上げしたもので。自由主義圏のリーダーシップを「国際宇宙探査フォーラム(通称、ISEF)」再び活性化して、産業基盤の強化と同時に国際協力を推し進め、世界の安全保障政策の一環として宇宙協力を強化するためです。筆者はこの会議に参加することになりました。1階大会議場は、国連の会議場のように天井が高くスピーチを行う席は一段高くしてあり世界各国の国旗が並んでいます。会場の中央付近に日本と米国、欧州などの宇宙先進国と中国の席(右写真の右下付近)が設けられていましたが、ベトナムやナイジェリアなどの新興国は中央から離れた遠い席(写真の壁際)の配置になっていました。開会スピーチは、国務省副長官と大統領補佐官(写真)から始まり、続く基調講演も日米欧の先進国が行ったのですが、新興国のスピーチは午後のセッションで行う段取りとしており国際関係の格付けを意識した配置と会議の進め方になっていました。会議は淡々と進みました。
ホルドレン大統領補佐官  会議の主目的は、「米国は宇宙探査をさらに進めて有人宇宙探査計画に世界の新興国の参加を促すこと。これを踏まえて次回のISEFの開催国の日本での会議に向け協力枠組みに関する議論を始めること。」でした。国務省は、冒頭の基調講演まで、会議場のスピーチ席が真正面に見える場所でTV取材のための撮影場所を用意し会議終了後の共同声明は別の場所で行い、記者との質問にも応じていました。夜のTVニュースや新聞で放送されることを狙った段取りになっていました。

 セキュリティーの厳重な国務省の中で昼飯はどうするのかが気になっていましたが、午前中のセッションが終わりに近づいたころアナウンスがありました。国務省の上層階に大きな会議室があり、西洋風の白い布でカバーされたホテルのレストランのような円卓テーブルが沢山配置され各国の参加者が集まって食事をすることになりました。参加者は他国の方と同席することになり必然的に会話をすることになりました。筆者は、隣に座ったNASAの方と話をしましたが、彼も初めての経験のようで戸惑っていましたが「これが国務省主導の政策的なプログラムの立ち上げのやり方だろう。」と言っていました。

 第2回のISEFは、中国が意欲を示していたのですが、米国政府の意向で2018年3月に日本で開催することになりました。筆者の退職後の開催でした。国際機関を含み45か国が参加しました。宇宙探査の重要性(活動領域の拡大、人類の知見・経験の 獲得)、国際協力の意義、宇宙探査への関心拡大の歓迎 等が共同声明としてまとめられ、宇宙探査における国際協力を円滑に進めるための基盤となる原則を「国際宇宙探査に関する東京原則」とすることが承認されました。その後、米国ではプログラムの立ち上げ準備が行われ国務省が中心に政権内での根回しとタイミングを見図り共和党政権(トランプ政権)でこのアルテミス計画を立ち上げました。世界が新冷戦のようになってきて、当初ロシアと中国、新興国を巻き込んで米国がリードする計画から、米国主導でUAEを含めた西側よりの国々が参加する計画に変化しています。

参考文献
(1) 読売新聞朝刊国際面記事、「宇宙協力 日米強化へ 有人月探査」、令和4年5月24日
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