同志少女よ、敵を撃て
(逢坂 冬馬著、(株)早川書房、2021年11月25日発行、1刷、492ページ、1,900円+税)
デニマルさん : 6月号
今回紹介の本は、久々に話題が豊富で多方面から注目を集めている。その注目度は、何と言っても今年2月にロシアがウクライナへ軍事進攻した戦争に影響されていると思われる。本書はウクライナへの軍事進攻が成される以前に書かれたが、昨年の夏以降に大賞の受賞や候補作品に挙げられている。先ず、受賞に関するニュースから紹介しょう。2021年8月に第11回アガサ・クリスティー賞(主宰:(株)早川書房)を受賞している。この賞は、イギリスの推理作家アガサ・クリスティー(1890年~1976年)の生誕120周年を記念し、長編推理小説の新人賞として設立された。昨年で11回目となるのだが、本書は初めて審査員全員が満点としたことで評判となり、注目度の高い作品となった。それと同時期に、第166回直木賞の候補作品となったが、残念ながら受賞を逃している。(受賞作は、「塞王の楯」(今村翔吾著、集英社)と「黒牢城」(米澤穂信著、(株)KADOKAWA)で、「黒牢城」を今年4月号に紹介した。)しかし、今回紹介する本が、2022年3月の第19回本屋大賞に選ばれた。こうした本書の時系列的な流れの中で、今年2月にロシアがウクライナへ軍事進攻した。その結果、小説での戦争が現実の戦争となり、我々の身近で他人事でない悲惨でリアルなものになってしまった。ショッキングな現実だが、本書が書かれた背景は、第二次世界大戦の独ソ戦争をベースに、ドイツが当時のソ連(現ロシア)に侵攻してスターリングラードからモスクワ陥落を目指した凄惨な戦争を描いている。その中に、ソ連に実在した女性狙撃手・リュドミラ(レーニン勲章を授与されたスナイパー)が登場する。歴史上の戦争を背景に実在の人物も交えたストーリィである。この小説は、ソ連(現ロシア)が主体でドイツに軍事進攻され、それを阻止した側から書かれてある。本書の内容をより理解する為に史実を追ってみた。
(独ソ戦争の概要)
独ソ戦争は、1941年6月から45年5月にかけて戦われた第二次世界大戦の戦争の1つだ。
ドイツ・ソ連は1939年以来、不可侵条約を結んでいたが、ナチス・ドイツのバルカン侵略が両国の利害を鋭く対立させた。41年6月、ドイツはソ連攻撃を開始した。初めはドイツが優勢で、レニングラード・モスクワ・スターリングラード(現ボルゴグラード)を結ぶ線まで進出したが、ソ連が踏み留まった。1942年スターリングラードの戦いでソ連軍が優位となって、45年ベルリンの陥落で終結した。4年余り続いた独ソ戦は、戦争史上最大の地上戦といわれた。両国の犠牲者は、ソ連兵が1470万人、ドイツ兵が390万人。民間人の死者を入れるとソ連は約2000万人、ドイツは約1000万人が死亡したとも云われている。それに双方の捕虜・民間人に対する扱いも苛酷を極め、占領地の住民や捕虜は強制労働に従事させられるなど極悪な扱いを受けている。ドイツが捕らえたソ連兵の捕虜500万人は殆ど死亡している。またドイツ兵捕虜300万人の多くはそのままソ連によって強制労働に従事させられ、約100万人が死亡。以上から、独ソ戦が史上最悪の戦争であると云われている。
同志少女とは ――狙撃兵・セラフィマ(愛称・フィーマ)――
本書の舞台は独ソ戦争が激化する1942年2月、モスクワ郊外の農村イワノフスカヤ村から始まる。主人公は、その村で生まれた18歳の少女セラフィマ(愛称・フィーマ)で、狩りの名手として知られた。平穏な村の生活が、突如としてドイツ軍の急襲で、フィーマの母親や村人が惨殺された。フィーマも射殺される寸前、ソ連赤軍の女性兵士イリーナに救われる。そこでイリーナから「戦いたいか、死にたいか」と問われた。フィーマは「戦いたい」と答えたことから、狙撃兵・セラフィマの物語が開始する。その場には、ドイツ兵に射殺された母親とその遺体を燃やしたイリーナがいた。フィーマが「戦いたい」と云った本心には「戦って復讐したい」強い執念があった。その後、イリーナに連れられて行った所が、中央女性狙撃訓練学校である。その狙撃訓練学校には、フィーマと同じ様な境遇の女性が集められていた。敵が憎い、ドイツが憎い、何とか復讐を果たしたいという執念が彼女たちの闘争心となっていた。その訓練学校の教官長がフィーマの上司であるイリーナなのだ。フィーマの復讐イコール敵を倒す(殺す)対象は、村を襲ったドイツ軍と母を襲った兵士イェーガーと母の遺体を燃やした女性兵士・イリーナである。物語の終盤、独ソ戦争の決戦場となったスターリングラードの闘いが展開される。著者のダイナミックでスピード感ある文章は、映像を観ている迫力とスリルを感じさせる内容である。この本がデビュー作品とは思えない筆力がある。歴史にある通り独ソ戦は、最後にソ連が勝利して侵攻を諮ったドイツが敗北する。その結果、主人公セラフィマの復讐は、概ね果たせた事になる。然しながら、上司であるイリーナへの復讐はどう果たされたのか。これは本書を読んで頂くまでの楽しみとしたい。
著者が語る本書への想い ――ロシアのウクライナ侵攻について――
著者は2022年3月の本屋大賞の受賞の喜びと著書への想いを語った。「このような素晴らしい賞をデビュー作にもかかわらず授けていただき、ほんとうに感謝の気持ちで胸がいっぱいです。一方で、私の心はロシアによるウクライナ侵略が始まった2月24日以降、深い絶望の淵にあります。ナチスによるポーランド侵攻、あるいは満州事変に匹敵するむき出しの覇権主義による戦争が始まったとき、私はこの無意味な戦争でウクライナの市民、兵士、あるいはロシアの兵士が、どれだけ亡くなっていくのだろうと考え、私自身が書いた小説の主人公セラフィマがこの光景を見たらどう思うのだろうと考え、悲嘆にくれました。小説の中で情熱を傾けたロシアという国名に対して一体何を思うべきなのか、終始考え続けました。(中略)私の描いた主人公セラフィマがこのロシアを見たならば、悲しみはしても恐らく絶望はしないのだと思います。なので私も、絶望することはやめます。戦争に反対し、平和構築のための努力をします。それは小説を書く上でも、それ以外の場面でも、変わりはありません」更に「武器をとって祖国を守るために戦えという趣旨に読み捉えられたら、本意ではありません」とインタビューで補足している。最後に著者は、1985年生れの埼玉県所沢市出身、明治学院大学卒。本書がデビュー作品だが、次作が期待されている作家である。
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