図書紹介
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東大教授、若年性アルツハイマーになる
(岩井 克子著、(株)講談社、2022年1月12日発行、1刷、236ページ、1,400円+税)

デニマルさん : 5月号

今回紹介の本は、今年1月に発売されて直ぐ購入した。タイトルの「東大教授、若年性アルツハイマーになる」とオビ文の「元脳外科医、50代で認知症となった彼は、何を見たのか?」が気に掛かり、早速読んで強い衝撃と感銘を受けた。以降早いタイミングで、この話題の本で取り上げようと思っていた。それには筆者の昔の諸々の体験がある。一つは、50年前に読んだ「恍惚の人」(有吉佐和子著)のストーリィ(老人性痴呆症の問題)が蘇ったことだ。当時は、小説であるフィクションの架空世界だと勝手に思っていた。時代を経て痴呆症が認知症となり、アルツハイマー症が高齢者だけの問題ではなく、身近な現実の出来事と感じる様になってきた。もう一つは、30年前のサラリーマン時代に筆者の部下が52歳で若年性アルツハイマーとなり、その社員が退社せざるを得ない状況を体験した。そして現在、筆者の定年後のボランティア仲間に何人かが認知症となり、戦線を離脱している現実に直面している。人生100年時代と云われる超高齢化社会である。今後、こうした問題がもっと身近に起きる可能性を痛感して本書を紹介するに到った。ここで書かれた若年性アルツハイマーも認知症も病気であるが、現時点では医学的な完治薬が無いのも現実である。この本から、我々が学ぶべきことが多々ある様に感じる。何を成すべきかは、是非お読み頂きたい内容だ。本書の詳細を紹介する前に、若年性アルツハイマーと具体的な兆候を少し調べてみた。
(若年性アルツハイマーとは?)
若年性アルツハイマー(厚労省は若年性認知症と表記)は、初老期認知症(40~64歳までに発症した認知症)と、若年期認知症(18歳から39歳までに発症した場合)に区分される。
ある調査研究では、患者数は数百万人とされる。2009年の厚労省の調査では、全国の若年性認知症者数の男女比は6:4と報告されている。患者は増加傾向にあり、その家族の負担は甚大である。患者の特徴は、高齢者の認知症が女性に多いのに比べ、若年性認知症は男性の方が多い傾向とある。更に、若年性認知症の特徴の一つに進行スピードの速さがある。
認知症は進行性と云われるが、例えば40歳代で発症すると、進行速度は高齢者の2倍以上と言われている。年単位ではなく月単位で進行が進むこともあり、早期発見と早期治療がより重要であると言える。そこで参考までに、自分や周囲の人が「若年性認知症ではないか」と気に掛かった場合、以下のチェック項目からどの点に注意するのかもご確認頂きたい。
(若年性認知症のチェック項目の抜粋)
・会議中に集中できないことがありますか。・いくつかの業務を同時にできないことがありますか。・予定を忘れることがよくありますか。・書類を忘れて取引先に出かけることがありますか。・・仕事でミスを指摘されますか(ミスがよくあると思いますか)。・・同僚の態度が以前と変わったと感じますか。・・会社以外の取引先に一人で行けないことがありますか。
・・コミュニケーションがとりにくいと感じることがありますか。以上から、・・が気になる方は早目に医師か産業医に相談下さい。(出典:NPOいきいき福祉ネットワークセンター)前段が余りにも長過ぎたが、大切な内容なので敢えて書きました。早速本題に入りましょう。

脳外科医が若年性アルツハイマー    ――主人公(元東大教授・岩井 晋)――
本書の主人公である岩井晋氏は、1947年に群馬県で生まれる。東大医学部を卒業後、脳外科医として、1983年にアメリカ国立衛生研究所・研究員。1999年、東大国際地域学教室・教授で国際保健学の研究で開発発展途上国を飛び回っていた。2001年、体調不良を訴えて自分の脳のMRI検査を受診していた。その当時から日記に漢字の練習を頻繁にしていた。そこで「最近、漢字が出てこない」と妻に訴えている。当時54歳である。2004年に「ATMでお金が下せない」(暗唱番号を忘れる等)、同時期に海外出張の空港で迷子となる。この頃から以前とは違った行動が目立つ様になる。2006年に脳画像を診る「PET検査」受診し、若年性アルツハイマーと診断される。2006年3月、59歳で東大教授を早期退官した。以降の主人公は、過去の栄光とキャリアを剥ぎ取られる様に、記憶のある自分と記憶を失った自分との葛藤の狭間を彷徨し続ける。その過程で講演活動(ご夫婦で登壇)もしていた。講演の中で、「自分が見ている世界が違う。エイリアンか」とか「認知症だけは、やだ」と答えたりしている。2010年頃から徐々に体力が低下して、2015年には歩行が困難な状況になっていく。2021年2月「誤嚥性肺炎」で永眠、(享年74歳)。本人の意向で病理解剖されたとある。

若年性アルツハイマーの妻        ――著者(専業主婦・岩井 克子)――
著者はプロローグに本書を纏めた経緯を「この本は、認知症に直面し悩み続けた私たちが、何をきっかけにどう変わり、病に付き合えるようになったのか、ありのままに記しました。老いや死を避けることはできません。でも、人は変わることができるし、新たな望みを見つけて旅を続けることが出来る――私はそう思います。わずか一事例にすぎませんが、同じ立場で苦しんでいる方が、ここから少しでも希望をくみ取ってくださることを願いつつ書き進めましょう。」と書いている。そしてご主人のリビングウイル(恩師から学んだこととして『生きることは死することであり、死することは生きることである』)を書き添えている。

若年性アルツハイマー闘病記        ――未知なる「旅」の記録――
本書は若年性アルツハイマーの初期段階化から末期の症状までを、主人公の資料から著者が克明に追っている。認知症の一つである若年性アルツハイマーでも記憶障害(忘却)だけなく、言語障害(言葉が出ない)、感情失禁(感情を抑えられない)、異常行動(徘徊など)といった症状が出ることを書いている。特に注目すべきは、電話が鳴っても受話器が取れないとか、洋服と云われても自分では探せない等々の空間認識が無くなっている点がある。記憶の曖昧さからの行動変化とみられている。覚えたことを忘れることは誰にでもある。だから認知症の兆候かと心配する人も多いが、専門家は「食事で何を食べたかを忘れても何の心配もない。しかし、食事をしたことを忘れるようであれば、医師に相談すべきだ」と書いている。

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