黒籠城
(米澤 穂信著、(株)KADOKAWA、2021年11月25日発行、3版、445ページ、1,600円+税)
デニマルさん : 4月号
今回紹介する本は、2022年1月の第166回直木賞(日本文学振興会主催)を受賞している。今年の直木賞では、「塞王の楯」(今村翔吾著、集英社)も同時受賞している。その選考について委員の浅田次郎氏は「今村作品は職人たちの戦という極めて独創的なテーマを、米澤作品はあまり思い浮かばない戦国を舞台にしたミステリーで、官兵衛に存在感がある。どちらも良質なエンターテインメント作品」と評している。そこで戦国時代を背景としたミステリー小説「黒籠城」の概要について触れてみたい。この「黒籠城」の主人公は、織田信長から摂津国(現在の兵庫県伊丹市、37万石)を任された有岡城(旧伊丹城)の城主である荒木村重である。時に天正6年(1578年)、我々は歴史的な史実として「荒木村重は、織田信長に謀反を起こして突如として有岡城に籠城した。信長は元家臣である村重を説得すべく、特使として黒田官兵衛を派遣したが、村重はそれに応じなかった。そればかりか官兵衛を有岡城の地下牢に幽閉した。そして1年後に村重は籠城戦に敗れた」という事はよく知られている。しかし、この史実の中でも、村重の謀反や特使の官兵衛を殺さなかった理由等々は、未だに謎となっている。著者は、こうした謎に包まれた背景と一年近い籠城戦での最中に城内で四つの不可解な殺人事件をミステリー小説として書き上げた。それぞれのミステリアスな事件に城主・村重は、犯人探しと城内の家臣の動向に苦慮する。その謎解きにヒントを与えたのが地下牢に幽閉された探偵・官兵衛という状況設定になっている。何故、官兵衛が積極的に謎解きに加担したかについては、著者の綿密な仕掛けとなっている。これは有岡城がいずれ敗れる事を知っている読者への配慮であるが、詳しくは後述したい。他に、黒田官兵衛や村重の家臣・高山右近等がクリスチャンであり、宗教上の問題にも触れている。紹介の本は、戦国武将物語とミステリー物語が一体化した面白いエンターテイメント作品である。さて著者を紹介しよう。米澤穂信は、1978(昭和53)年岐阜県生れ。金沢大学文学部卒業後に小説家、推理作家。2001(平成13)年、「氷菓」で第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー & ホラー部門)を受賞しデビュー。2011年に「折れた竜骨」で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編部門)を受賞。2014年「満願」では第27回山本周五郎賞を受賞。同作及び2015年発表の「王とサーカス」では、「このミステリーがすごい!」「ミステリーが読みたい!」「週刊文春ミステリーベスト10」の国内部門ランキングにて1位に輝き、史上初の三冠を達成した。他著に「ボトルネック」「儚い羊たちの祝宴」「リカーシブル」「さよなら妖精」「犬はどこだ」「インシテミル」「追想五断章」「いまさら翼といわれても」などがある。この話題の本でも「満願」を2014年7月号で取り上げた。そこで著者をミステリー作家であるが、2010年の「インシテミル」が映画化されベストセラー作家となり、他に「追想五断章」等で日常の謎を追う青春ミステリー分野での人気作家であると紹介した。
荒木村重(主人公) ――戦国武将・有岡城城主――
本書では冒頭に「有岡城の主は、織田信長から摂津一職支配を許された一世の雄、荒木摂津守村重である」と書かれてある。荒木村重は、摂津国(現在の兵庫県)の豪族・池田勝正に仕える荒木義村の長男として生まれた。その後、池田家の重臣となり実権を掌握して、信長の家臣に重用されるのだが、この部分は本書にはない。信長の命を無視して有岡城に籠城する所から物語は始まる。村重は、当初から毛利家の援軍を期待しての籠城である。この策略には、村重の側近である高山右近等が絡んでいる筋書きである。そこで先に触れた四つの不可解な事件が起きるのだが、時間が経っても援軍は一向に動く気配はない。勝機を焦った村重は、直接毛利家に援軍要請に出向くストーリイとなる。籠城戦の最中に城主が城を開けることは、如何なる結果になるかは誰でも容易に分かる。最後に「村重は生き延びた。有岡城を抜け出した後も尼崎城、花隈城を頼りに、さらに翌年7月まで戦い続けた。(中略)終盤、毛利領内に逃れて生き延びた。後に茶人として摂津に戻り、有岡落城から7年後に天寿を全うした。辞世は、おそらくあったのだろうが、知られていない。」と著者は書いている。
黒田官兵衛(探偵役) ――戦国智将・土牢の囚人――
黒田官兵衛は、城主・村重を説得出来ず地下牢に幽閉された。その後、城内の不可解な事件の探偵役を務めた。これは官兵衛の深い策略(著者の遠大な構想)で難題を解決に導くが、結果的に籠城戦で援軍が来ない精神的プレッシャーを間接的に掛けていることに他ならない。読者は先の4つの事件とその解決に関心が向いているが、官兵衛には有岡城の陥落イコール荒木村重の敗北と自分の生存と、更に息子(松壽丸、織田信長への人質として羽柴秀吉に預けられている)を守る壮大な構想があったのか。地下牢での村重との探偵問答は、官兵衛の籠城戦の勝利への時間稼ぎとなっている。官兵衛の「村重自身が毛利まで足を運び、援軍を求めるべし」との献策が、引き金となって事態が進展していくのだ。官兵衛の思惑通りと云うか、史実通りとも云うべきか。著者は巻末に、羽柴秀吉とその家臣・竹中半兵衛の特別な計らいで、松壽丸との再会を果たしたことを書いている。その松壽丸は、後に黒田筑前守長政となったことも触れている。黒田官兵衛は、戦後の智将として後世に永く名を残した。
黒籠城(謎の密室) ――歴史小説と黒幕の影――
本書の題名「黒籠城」について触れてみたい。著者は「黒籠城(こくろうじょう)」、小さくArioka Citadel Caseと書いている。有岡城を「なだらかな丘にある巨城で、“甚だ壮大にして見事”」と伴天連・フロイスが評している。この城を「黒籠城」と書いた背景には、著者の別な思惑があると筆者は考えている。先の四つの不可解な事件の背景には、黒幕が居ると思われる。荒木村重の考えや行動がよく分かる人物で、城内の裏の間取りまで知っていて、家臣から使用人までをある程度分かる人物。その様な村重の側近は、誰であろうか。黒籠城の黒は、黒幕の黒に通じている。ヒントは全ての事件に影で関わっていて、有岡城や近郊の人の心の平穏を願っている人物である。このミステリーの解明は、読んでのお楽しみである。
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