投稿コーナー
先号  次号

「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (40)
―構想がまずかったスペースシャトル―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :3月号

○ 日本人宇宙飛行士搭乗で毎回ひやひや
図 1. 「きぼう」船内保管庫(手前の白い円筒形)がISSに取り付けられている状況  スペースシャトルのコンピュータは、5台あり、それぞれ独立して冗長系になっています。4台は主航行電子システムソフトウエアで稼働、1台は別のバックアップソフトウエアで稼働。5台の内1台故障してもミッションを継続、4台は相互に監視、1台が他と違う指令を出した場合、3台が投票し、違う指令をだした1台を機体から除外するようになっており2台が故障しても安全に着陸できるようになっています。また、ソフトウエアは開発要員も試験要員も専用の環境のもとで開発していたが、万全を尽くしても故障は起きるので開発用のバックアップソフトウエアを用意していました。
 筆者は、「きぼう」開発プロジェクトに配属され、「宇宙飛行士の命を守るのが最優先。どんなことがあっても安全に地上に戻すこと」とNASAから再三再四言われましたが、どこまでやれば安全なのか分かりませんでした。「きぼう」日本実験棟では、不具合があれば安全に止めること。ISS貨物輸送機HTVは飛行中のエンジン推進系などに故障許容が課せられ、さらに2重故障でも安全な大気圏再突入ができる設計を要求されるなどNASAから厳しい安全要求を突きつけられ、それを満足するよう開発してきました。

  • 2007年12月に、欧州宇宙機関のISS実験室は打ち上げ直前にシャトルエンジン枯渇センサ-の異常表示が発生して延期されましたが、問題個所を修理し2008年2月に打ち上げられました。このセンサー異常は過去何回も起きていたものです。次の打ち上げが、「きぼう」第一便だったので日本人宇宙飛行士を搭乗させたシャトル打ち上げは大丈夫なのか非常に不安でした。2008年3月11日未明、土井宇宙飛行士らを乗せた「エンデバー号」はすぐに雲の中に入り見えなくなりました。打ち上げは成功でした。(図1)
  • 図 2. シャトルの水素ガス排出系統 2008年5月31日は「きぼう」第二便打ち上げでした。筆者は、NASAから招待され理事長、理事とともにケネディー宇宙センター打ち上げ観望ビル最上階で、星出宇宙飛行士を乗せたシャトルがゆっくり上昇するのを見守っていました。成功でした。その後は、シャトル打ち上げ前に不具合が連続して発生し何回も打ち上げが延期される事態が続きました。「きぼう」の第一便と第二便の打ち上げは幸運に恵まれたようです。
  • 2009年3月のシャトルの打ち上げでも液体水素タンクから圧力上昇分の水素を排気するための配管から水素リークがありました。シャトル外部燃料タンク側ではなく配管と外部タンクのシール面 (図2の赤丸) からのリークが疑わしいので、燃料を排出して原因究明に入いりました。この影響を受けて同年6月の予定していた「きぼう」第三便の打ち上げは延期となりました。修理して2009年7月15日に打ち上げられ、ISSで若田飛行士らによってISSに取り付けられ、「きぼう」日本実験棟は完成しました。
 それ以降も日本人宇宙飛行士が搭乗する有人宇宙船のフロリダとロシアでの現場責任者として打ち上げに立ち会うようになって、毎回打ち上げの成功が確定するまでの間、“問題なく打ち上がりISSに到着できるだろうか?”とひやひやしながら打ち上げ成功までの情報連絡を待っている日々が続きました。

○ 国家の政策面で構想を変えさせられる!
図 3. 「コロンビア事故」後の米国新聞記事 「きぼう」開発を通じてNASAのシャトル関係者と付き合うようになってから、その技術的難しさや複雑さを具体的に示され、宇宙飛行士への安全や「きぼう」を輸送する際の影響を身に染みて感じることになりました。さらにシャトル計画の立ち上げに際する米国政府内のどろどろした背景が分かるにつれ、そもそもシステムの構想が中途半端になっていることが分かりました。米国での政府調達のハイテク計画ではしばしば起きた妥協の産物でした。
 特に印象に残ったのは、米国空軍が仕様決定作業に参加したことにより設計プロセスがかなり複雑になり、またニクソン政権の予算面と政治面に合わせるため、本来の完全再使用可能な壮大な構想を変えざるをえない事情でした。 (1)
 そうはいっても、「きぼう」開発と運用にはシャトルは必須でしたので、シャトルが役目を終えるまでは事故なく運航してもらいたいと祈っていました。しかし、マスコミから「シャトル打ち上げは水物だから油断できない!」といわれ打ち上げの度にトラブルが起き打ち上げが延期される事態が退役まで続きました。当初は、「シャトルが宇宙飛行士も荷物も輸送する。」、「すべての生命維持システムも米国が保持。」という構想でしたが、安全要求を守るのが最優先のためシステムが複雑になり、コストがアップし、打ち上げ能力の低下を招き、かえって信頼性向上やリスク低減の妨げになりました。世界初の再使用宇宙往還機を前面にだした構想でしたが、ロケットの外部タンクなどは使いすてであったが大部分は再使用していました。最終的には予想外の退役になったのは広く知られていることです。

① システム構想
 人と物資の輸送が混在し、人を運ぶための安全係数や冗長構成は物を運ぶためのシステムとしては重量増で非効率になっていた。ミッションがISS建設、宇宙実験室、衛星放出などの多目的であるためシステムが複雑化して、高コストになった。
② 安全性
 打ち上げからロケット分離までの間は、トラブルがあっても乗員の脱出ができない期間が存在するシステム構想の問題。チャレンジャー事故はこの間に起きた。ちなみにロシアのソユーズでは、101回の打ち上げで2回緊急脱出システムを作動させクルーを安全に地上に帰還させている。
 また、乗員喪失確率が当初1/100000から1/1000であったが、実際は135回の飛行で2回事故 (2/135) 、当初予測していた安全性と実績では大きな乖離があった。
③ 運用性
 年間打ち上げを当初50回としていたが、実績は多い年で9回であった。運用性を考慮した地上系とフライト系を含めたシステムエンジニアリングが欠如していた。

 レオナルド・ダビンチが、「始める前に終わりを考えよ!」と言いましたが、上記のようにプログラムマネジメント的にはシステム構想、安全性、運用性などに問題があったのです。

参考資料
(1) ロッドパイル著、「NASA式最強組織の法則」、朝日新聞出版、2016年

ページトップに戻る