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ストレスを軽減する力

井上 多恵子 [プロフィール] :2月号

 「アウトカムではなく、プロセスに注力せよ」これは、TED Talkの中で、私のコーチ仲間のSrikumar Rao (シュリークマー氏) が、ストレスを軽減する方法として紹介したものだ。シュリークマー氏は、トークの中でこう語っている。「我々は皆、幸せになるために努力している。しかし、我々は、人生のほとんどを不幸せになることを学ぶために費やしている」と。かなり衝撃的な発言だ。自分自身を振り返りながら彼のトークをじっくり聞いて、気づいた。彼の言う通りだ。私もこれまで、自分が不幸せになるメンタルモデルを持ってきたのだと。自分が不幸せになるメンタルモデル。シュリークマー氏の表現では、それは、「もし~になったら私は幸せになる」という考え方だ。「もしお金持ちになったら」「もし、大きな家に住むことができたら」「もし偉くなったら」「もし売り上げが上がったら」リストは尽きない。アウトカム、つまり結果を達成して初めて幸せを感じることができる、言い換えると、何かを達成するために生きている人生だ。具体的に私の例で見てみよう。
 
 私は以前から、来年会社から独立する計画を立て、準備を進めてきた。2-3年前には、会社に兼業申請をして、複数の研修会社に登録した。ある会社からは、私の講義を見学した社長自ら、「英語で研修を実施できる人は少ないので、ニーズは高いです。ぜひわが社の研修講師として登録してください」と言われ、登録した。依頼がたくさんきたら本業との調整がうまくできるか、という心配は杞憂だった。依頼件数は3年間で0。「研鑽を積み講師としてスキルアップします。その後、研修の話はいかがですか?」といったメールを営業担当の方に投げてみたり、動画が必要だと言われた際には、PMAJ(特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会)で製作してもらった動画を紹介したりもした。しかし、効果はなかった。登録した際には、「もし~になったら私は幸せになる」というメンタルモデルで、「たくさん依頼が来たら、私は幸せになる」と思っていたからだろう。落胆は大きかった。いつしか私の中で、その研修会社に対する恨みつらみが募っていった。何か別のことをしていても集中力が切れたりした際に、ふとその思いが脳裏を横切る。「なぜもっと営業活動してくれないのだろう。向こうから講師になって欲しいと言ってきたのに。」
 シュリークマー氏の話から、30代に受講した「7つの習慣」で学んだ教えを思い出した。「自分がコントロールできることにフォーカスせよ」あ~、あの時「そうだ!」と思ったのに、自分自身の中で徹底しきれていなかった。研修会社の行動を私はコントロールすることはできない。相手に主導権があるものにイラついていても、仕方がない。望ましい相手の行動を引き出すための影響力は発揮できる。しかし、私ができることは、そこまでだ。そうだとしたら、「彼らがxxしてくれない」とイラつくことは、エネルギーのロスに繋がるだけでなく、私自身のストレスを高めていることになる。
 表現の違いはあれ、「自分がコントロールできることにフォーカスせよ」というメッセージは、他の方々も語っている。例えば、コーチングの第一人者と言われているマーシャル・ゴールドスミス氏は、「ゴールに執着しすぎるな。」や”Let it go.” (手放せ)を説いている。”Let it go.”については身体で理解させるべく、手をひらひらさせながら、テンションをリリースするジェスチャーまで彼は使っている。彼と共に私も何度かやったのに、悲しいかな、まだ身についていない。シュリークマー氏もブログの中で、ゴールドスミス氏から学んだことを書いている。ある時シュリークマー氏が政治の停滞ぶりを嘆く話を延々としていたら、ゴールドスミス氏に質問されたのだという。「あなたは、あなたが嘆いている政治の停滞ぶりについて、何か行動するつもりか?」「考えていない」と答えたら、「だったら、Let it go.」と言われたそうだ。確かに、文句を言っているだけでは、事態は改善しない。だとしたら、それらに振り回されるのではなく、自分が良い変化を生じうる可能性があるところで、自分ができることを一つずつ、積み重ねていくことのほうが、望ましい。
 
 ゴールドスミス氏の教えの中に、「自分はベストを尽くしたのか?」という問いを自分に投げかけるというものがある。何に対してベストを尽くすのか、はその都度えて良い。その問いに対してYes!であることを目指す。そしたら、頑張っている自分に対して、”I am enough.” (私は私で十分)と思えるようになるのだろう。自分がコントロールできない部分が含まれている結果に一喜一憂するのではなく、日々ベストを尽くそうとしているそのプロセスに、幸せを感じる。そうすれば、ストレスを軽減して、各瞬間をもっと大切に生きることができるようになるのだろう。

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