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年長者からベストを引き出す力

井上 多恵子 [プロフィール] :1月号

 「若手には、自分の経験からアドバイスできるけれど、年長者の部下にはどう接したらいいかわからず、悩んでいます。アドバイスをいただけないでしょうか。」先日マネジャー向けワークショップで講師をした際に、受けた質問だ。ここ数年マネジャー向けワークショップをする度に、同様な悩みを聞く。「部下全員が、年長者なんです。」「部下の中には元上司だった方もいて、やりにくいです。」など。その度に、聞いている他のマネジャーから、同意の声が出る。「あなたも、そうなのですか。。。実は、私も同じ状況です。」
 
 そういう悩みや質問が出た時、私は次のように答えている。「その年長者の方のキャリアプランや性格やあなたを含めた周りとの関係にも影響されるので一概には言えないですが、逆の立場を経験してきた私の考えを共有しますね。自分よりも若い上司何人かと接してきた中で、次のような接し方をされると、ベストな状態でいることができました。1点目は、人として尊重している態度が示されることです。」そもそも私は、職場では若手に対しても、ぞんざいな表現ではなく、丁寧な表現で接したほうが良いと思っている。プロとして仕事をしている者同士、お互いを尊重して話ができる方が、より良い人間関係が築けると思っている。世の中で、言葉によるいじめが問題視されているように、職場でも、言葉の使い方で人を追い詰めたりしないことは、最低限のマナーだ。以前ある人にこんなメールを送られたことがある。「私の名前の漢字を書き間違えるなんて、社会人として失格です。」確かに大事な名前を書き間違えたのはよくない。しかし、そのことだけで、社会人として失格になるとは到底思えない。悪意無きミスに対しては、気になるようなら、間違えた事実だけを指摘すればいい。
 
 2点目については、次のように語っている。「本人が苦手意識のある領域の業務は可能な限り避けて、その年長者が強みとしている領域に注力してもらうといいです。強みの業務に対しては、お任せすることをお薦めします。」シチュエーション=状況に応じて、リーダーシップの対応を変えるというシチュエーショナル・リーダーシップ理論というのがある。ある特定の業務を遂行することに対するメンバーの能力とモチベーションに応じて、上司は、指示的行動と協働的行動の量を変えるのが望ましいとしている。例えば私の場合、研修を企画し提供するということについては、経験値や知識も豊富で、毎回より良いものを提供しようというモチベーションが高い。その領域については、完全に任されると、力を最大限発揮することができる。目的とゴールの設定の仕方についてもアイデアを提示し、上司や研修の提供先と合意を取った後は、進め方を自ら考える。よりよく提供するための話し合いだったり、アドバイスだったりは大歓迎。しかし、細かく指示されたり上司が望む方法での進捗確認を強要されたりするのは、余計な工数に繋がるし、モチベーションも下がる。仮に上司がエクセルでがっちり進捗を管理しないと不安だったとしても、私の場合、肌感覚で時間の流れを感じ取るし、何よりもその場で受講生の反応を見ながら柔軟に対応を変えたい。一方、苦手な領域もたくさんある。筆頭が、エクセルを駆使して分析したり、様々なアプリを駆使したりすることだ。年を取ると、視力の低下もある。そんな私に「これもやってもらわないと困ります」と言って、無理やり業務をアサインした人がいた。器用でない私は、目をしょぼしょぼさせながら長時間取り組んだものの、成果を出せず、その後業務がうまく回らなくなるという経験もした。若手だったら、スキルの幅を広げるべくいろいろな業務にチャレンジをさせることも、育成方法としてあるだろう。しかし、年長者の場合、そのやり方は必ずしも効果的ではない。
 
 3点目については、次のように語っている。「その方が、今後やりたいことが明確になっていれば、その実現に向けて可能な限り支援するようにしてください。もし、まだ明確になっていなければ、コーチとして伴走し、その方が今後やりたいこととそれに向けて何をしたらいいのかを見つけることができるよう、支援してください。」例えば私の場合、会社を卒業後は、独立して研修講師やコーチをしたい。だからそれに向け、実績と信頼を積み重ねていく場が有難い。一方、まだ明確になっていない方に対し、経験がより少ない上司がキャリアについてアドバイスをすることは容易ではない。だからこそ、コーチとして質問を投げかけ本人に自問自答を促すことが、良い伴走方法だと思う。
 
 上記3点、すべての年長者には当てはまらないだろう。しかし、少なくとも今私は、上司と周りの人々にそう接してもらっていることで、ハッピーに、ベストな状態で日々を過ごすことができている。

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