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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (38)
―ケネディー宇宙センターとの付き合い―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :1月号

○ この仕事は誰がやるの?
NASAは、10の宇宙センターが米国各地にあります。母体は政府、大学や陸海空軍から組織の移管をうけており様々です。ISSの開発と運用において、NASA設計・製造・試験は、アポロ宇宙船の開発と運用を担当したジョンソン宇宙センターが担当し、打ち上げ作業はサターンロケット開発をしたマーシャル宇宙飛行センターの一部が独立したケネディー宇宙センターが担当しました。アポロ計画の初期段階では、各事業拠点が大きな権限をもちお互いライバル意識をもっていたため組織間の意思疎通でうまくいっていませんでした。(1) 「きぼう」プロジェクトは、2000年からケネディー宇宙センターと射場作業の調整を開始することになりました。我々は、開発段階から打上げ・射場作業段階への重要な節目なのでNASA内で引継ぎをそれなりにやっていると思っていましたが実際は何もしていませんでした。ケネディー宇宙センターの新たな担当は、ISSの国際枠組みや外国との権利・義務を含めて何も知りませんでした。調整を行っていくと話がかみ合わないことがあちこちで出てきて、NASAとの過去の経緯やISS独特の仕組みについての”基本教育“をあちこちで行うことになりました。米国では、仕事を分割して体制を決め、ポジションごとの仕事の定義を細かに規定します。はみ出さないで活動するドライな文化ですが、割り当てになっていない仕事はしません。日本だと、割り当てがなくても誰かがまとめ役をやるようになりますが、NASAでは、組織間にまたがるものや、仕事の定義上明確でないものには手をだしません。作業でダブっている場合、一体誰がこの仕事をするのか、調整相手は誰か、を探りあてるのに時間を要しました。例えば、「きぼう」の技術調整会議で、センター間に跨がる懸案をNASAの実務担当にふっても、「自分の仕事ではない」と断られました。仕方ないので、その上司であるマネジャーに苦情をいうと、数日後、”プロマネと相談の結果、自分がやることになった。“ と報告がきました。マネジャーでも埒があかない課題は、NASAのプログラムマネジャに申し出て決めてもらうのですが、こちらも時間がないので困ってしまうことが多々ありました。

○ 想定外の大事故が起きた!
 2003年2月、ケネディー宇宙センターに着陸するはずのシャトル「コロンビア号」と交信できないまま行方不明との連絡があり、その後、TVでテキサス州上空を西から東に向けて飛ぶ複数の白い航跡を撮ったビデオが繰り返し流されていました。JAXAヒューストン駐在員から、「ジョンソン宇宙センターでは運用本部の判断で、危機管理マニュアルで定められた事故発生の対処がはじまった。シャトルミッション管制室はデータ保全のため一時閉鎖、物品移動も禁止。危機対処チームや原因究明チームなどの危機初動体制が編成され、さらに外部委員による事故調査委員会が設立された。」と報告してきました。我々は、まず事実の把握に動くことにしたが、シャトルプログラムオフィースは国家事業として敷居が高くアクセスできないので、国際協力事業としての情報共有の習慣が出来上がっていたISSプログラムが事故情報の仲介をしてくれました。毎週2回早朝のISS参加機関が参加したテレコンがしばらく続き、貴重なアップツーデイトの情報を提供してくれました。私の担当している「きぼう」船内実験室のケネディー宇宙センターへの輸送は、役所を含めた関係者の同意を得て予定通り貨物船で輸送することにしました。NASAは、ISSを進めるためにも参加機関のフライト品を米国に到着させ、日本も予定通り作業を進めることで米国政府や議会のサポートを得ようとしていたようです。
「きぼう」船内実験室がNASA施設に搬入されたところ。左から2番目が筆者 我々が輸送することを決定したので、組み合わせ試験を行う相手の欧州宇宙機関が製作している「ノード2」(接続棟2)も当初若干ためらっていましたが、イタリアから航空貨物便で輸送することになりました。(右写真は、「きぼう」船内実験室がNASA施設に搬入されたところ。左から2番目が筆者)
野口宇宙飛行士がシャトル再開第一便に搭乗することになっていましたが、この野口飛行士も若田宇宙飛行士も、事故以来、事故調査活動への協力としてテキサス州とルイジアナ州の森の中で地道の進められているコロンビア号破片探索作業に参加していました。20名一組で、3メートル間隔で全員一直線に並び、真っすぐ進んでいく。分厚い防護服と装備を入れたバックパックを背負っているのでゴーグルがすぐ曇り、視界が悪く下草が深いので足を取られる。毎日1200人以上が探索し連日部品が発見されており回収部品はケネディー宇宙センターに集められて、事故原因解明に役立てられました。(2)

 「きぼう」船内実験室をケネディー宇宙センターに搬入した後、NASAの好意でコロンビア号の
コロンビア号の事故原因調査のための破片復元作業棟 事故原因調査のための破片復元作業棟(元は飛行機の格納庫)を理事と一緒に見学させてもらうことになりました。右写真のように破片損傷のすさまじさ、原形をとどめないほど変形変色しています。美しいシャトルの変わり果てた姿に皆無口で言いようのない寂しさを感じました。床一面に断熱タイルや翼の構造部材が並び、シャトルを裏返した形になるように位置決めしているとのこと。回収された破片は8万ピース以上でシャトル総重量の4割に相当するそうです。注目しているのは左翼の前縁部の強化炭素複合材パネルとその周辺の耐熱タイルで、技術者たちは辛抱強く細かな破片を解析して一つ一つ繋ぎ合わせ、ばらばらになったタイルを復元させる作業をしていました。大気圏突入で何が起きたのかを探るためです。見学を終えるときに、理事の提案で、皆で手を合わせて合掌しました。「きぼう」をシャトルで打ち上げる時に、問題がないように徹底して原因究明し改善してほしいと祈りました。

参考資料
(1) デビッド・スコットほか著、「月をマーケティングする」、日経BP、2014年
(2) 野口聡一、「宇宙日記―ディスカバリー号の15日間」、世界文化社、2006年

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