関西例会部会
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第157回関西例会 報告

PMAJ関西KP/幹事 守能 昇治 : 11月号

開催日時: 2021年10月22日(金) 19:00~20:30 (懇親会~21:00)
開催場所: オンライン開催
テーマ: 「歴史の視点から見た水害・土砂災害対策と地域社会~滋賀県比良山麓地域の事例から~
スピーカー: 落合 知帆 氏 京都大学大学院地球環境学堂/准教授

はじめに
 滋賀県比良山麓地域は1000m級の急峻な比良山地と琵琶湖に挟まれた扇状地に集落が点在し、いくつもの小河川が流れ、花崗岩の産出地でもあったという特徴からこれまで幾度も水害・土砂災害に晒されてきた。
 これに対して地域住民は、自らの地域を守るため、堤の建設を藩主に願い出ることで強固な堤を完成させ、定期的なメンテナンスやその他の災害に備える仕組みを構築するなど、地域の風土や地域特性を生かした対策を行ってきた。講師は、地域住民が主体的に行ってきた防災対策を歴史的および伝統知・地域知の視点から紹介し、今後どのように災害に備えていくかを提言された。

概要
1.自己紹介と調査手法
 専門は、社会学をベースにした地域防災、災害復興や地域の伝統知・地域知に関する研究であることなどを自己紹介されたあと、講師が採用している調査手法を説明された。地域情報を収集するにあたり、古文書・古地図を解読するとともに、地域住民からの聞き取り調査を中心に進められている。また、参与観察といって、たとえば消防団に同行して、どういう会話・行動をしているかを観察し、事象を記録・確認する方法を取ることもあるとのことであった。

2.旧志賀町の集落周辺の地理・地質
 西側に比良山系の1000m級の山地が迫り、東側には琵琶湖が広がる。浜側の平地部は昔ながらの集落を中心とした水田を主とする土地利用が広がり、山麓部から山頂にかけては、里山林が形成されている。今回報告する荒川・大物集落は、花崗岩の産地として有名で、多くの石造建造物、燈籠などが見られる。

3.旧志賀町の災害・防災対策
 滋賀県湖西地域は水害との戦いの歴史で、江戸~明治時代に、堅固な堤防を構築し、機能を発揮してきた。
(1)大物集落
 現在、大物集落には、上流を流れる四つ子川に築造された百間堤(423mの石堤と1227mの砂堤)がある。百間堤ができる前も、石堤と砂堤があったが、1852年に水害があり、大きな被害を受けた。そこで、これまでよりも強固な堤を作ってほしいと村の庄屋から藩の役所に願い出て、救済事業として、自普請(自村負担)と御普請(領主負担)の組合せで、村民全員の奉仕により、約6年をかけて、水害を防ぐ石堤を作った。周囲には砂防林が設定され、そこから拠出される花崗岩が石堤に、松木が砂堤に利用された。女性も運べる程度の石で造られた女堤(おなごつつみ)と呼ばれる堤もあるように、女性も事業に従事した。
 その他に、この地域では、洪水が起きそうなときに、砂堤の上の松を河川側に切り落とし、砂堤を守るという活動を行っていた。また現在は、案内板を設置したり、老人クラブなどが草刈を実施したりするなど、堤を維持管理する活動を行っている。

(2)荒川集落
 荒川集落には、大谷川に沿って築造された堤防がある。いずれも江戸~明治時代に構築されたものである。堤防と集落の間には、保安林・シシ垣があり、三重の守りとなっている。多くの絵図と古文書からは、時代や被害に応じて多くの改修がなされていることが分かった。特に、昭和9年の室戸台風、昭和10年の集中豪雨で大きな水害を受け、村総出で修復・増強した。また、時代に応じて、異なる形態があることが判明した。だが、現在は、当集落住民以外にはほとんど知られていない。
 かつては標高が高い寺より低い所に集落が形成されていたが、明治以降は高い所に住宅が建てられているように、集落配置に変化がみられる。また、雨の雫が屋根から途切れなく落ちるようになったら、男性は川へ様子を見に、女性らは寺より高い所にある親戚宅に避難する行動が取られていた。寺には半鐘があり、災害時には鳴らした音で危険を伝えた。
 その他に、農作物を獣害から守る対策として、シシ垣が築造されている。当地区には石屋が多く、加工に向かない石や石の端が使われている。イノシシ対策としては高さ1mで十分であるが、昭和10年の災害で壊れたため、災害にも耐えられるように、2mの高さに増強した。

(3)地域伝統知と防災
 滋賀県湖西地域は、水害だけでなく、土砂災害、風害(比良おろし)、雪害などの災害があり、その備えとして、水防対策・保安林、集落・住宅の配置、避難方法、防風林、風習の伝承などの対応が取られてきた。
 しかし、戦後は、大きな災害がなかったため、防災意識が希薄になり、近代的な水防対策が進み、伝統的な取り組みが行われなくなってきている。社会や住居形態が変わり、伝統的な活動の継承が難しくなってきている。また、若年層や新住民が災害に関する情報に触れていないなどの課題がある。

4.まとめ
 以上のように、地域の気候・地形・地質に合わせて、多様な構造物対策(伝統的な堤・シシ垣・水路、現代の水防・砂防構造物等)と非構造物対策(地理的特徴を捉えた避難行動、住民組織による災害への備え、信仰と結びついた活動等)を組み合わせて、防災対策が取られてきた。伝統的に自助・共助な防災活動が行われてきたが、これをどう伝え、継続していくかが課題である。

感想
 貴重な古文書・古地図や堤・シシ垣などの写真をたくさん示されたので、滋賀県湖西地区の住民の方々が災害とどう戦い、どう克服してきたかという歴史とその成果物をリアルに理解できた。
 講師が講演の最後に、この地域の素晴らしい燈籠をいくつか写真で紹介された。この地域には、豊富な花崗岩があり、そして石を積んだり、加工したりする技術が根づいていることを感じた。「滋賀県には、隠れたいいものがある」、「海外では、日本は木の文化のイメージが強いが、石の文化もあることを発信していきたい」と語っておられたのに、すごく共感できた。「この地域に足を運んでいただくような環境を整えたい」とも語っておられたので、機会があれば、訪れて、堤や燈籠を生で見てみたいと思った。

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