図書紹介
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テスカトリポカ
(佐藤 究著、(株)KADOKAWA、2021年7月20日発行、6刷、553ページ、2,100円+税)

デニマルさん : 11月号

今回紹介する本は、2021年の第165回直木賞を受賞した。それ以外にも注目すべき話題が多い作品である。先ずタイトル名の「テスカトリポカ」であり、表紙の装丁写真であり、553ページとボリュームある本の外見である。更に、ストーリ展開ではスケールの大きさであり、ディテールな暴力的で残虐な暴行が各所に書かれた内容である。そこでチョット気になって直木賞の選考過程を調べてみた。今回の選考は『このような白熱した議論は初めてとした上で、「テスカトリポカ」については“あまりにも暴力シーンが多いのではないか”という反対意見も出た。しかし、これだけスケールの大きい作品を受賞させないのは余りにも惜しい。ある意味で希望の物語である』とある委員は語っている。それ程ストーリィに話題性ある作品である。さて、題名のテスカトリポカだが、アステカ神話(15世紀、中央メキシコに伝えられた伝説)の神々の中で最強の神と伝えられたが、キリスト教宣教師からは悪魔と恐れられていた。テスカトリポカとは、アステカ語のテスカトル(鏡)とポルカ(煙り)の合成語で「煙に覆われた鏡」という意味で、黒曜石を表している。黒曜石の輝きは過去や未来、運命などを意味すると考えられ、神秘的な魅力を持った石からテスカトリポカの名前の由来であると資料にある。この神話では、テスカトリポカを含む4つの神が世界を支配し、それぞれ黒、白、青、赤のテスカトリポカと称された。特に、ケツァルコアトルとの対立関係を通じて共同で異なる神を創造した事から「テスカトリポカは、衝突を通じて変化を具体化する存在」と言われた。その神事の祭祀では、生贄の心臓を太陽に捧げる儀式がある。この残酷な儀式からか暴力的なシーンが各所に展開されている。この底流から本書は、麻薬戦争やマフィアやヤクザの抗争を通じた人間ドラマでもある。主人公が神話の主の様な存在で、その血筋を持って生まれた人物の様な振舞いが描かれている。それがストーリィ全般にわたり重く緊張感をもたらしている。次に表紙の写真の件だが、異様な怪物がモノトーンの御面として迫力ある絵図で描かれてある。資料には「身体は黒く、顔に黒と黄色の縞模様を塗った姿として描かれ、しばしば右足が黒耀石の鏡か蛇に置き換わった姿で表現される。これはアステカの創世神話において大地の怪物と戦い、右足を失ったことを表している。時として胸の上に鏡が置かれ、鏡から煙が生じている様子で描かれる場合もある」と書かれてある。人目を惹く装丁である。さて、著者は1977年生れで福岡県福岡市出身の小説家。以前は本名の佐藤憲胤で執筆活動をされ、デビュー作は2004年の「サージウスの死神」で第47回群像新人文学賞の優秀作に選ばれた。2016年に犬胤究(けんいんきわむ)のペンネームで「QJKJQ」を書き第62回江戸川乱歩賞を受賞し、ペンネームを「佐藤究」に変えた。2018年には、「Ank:a mirroring ape」で第20回大藪春彦賞および第39回吉川英治文学新人賞を受賞。そして今回、この本で第34回山本周五郎賞と第165回直木賞のダブル受賞に輝いた。

アステカ神話と麻薬戦争        ――メキシコでの“バルミロ”――
この本の舞台はメキシコ北東部で、麻薬カルテル戦争の凄惨な戦いから物語が始まる。以前から絶大な勢力を誇る「ロス・カサソラス」が、凶悪な4人のカサソラス兄弟によって麻薬カルテルを統制していた。その背景には、昔からのアステカの歴史や信仰に熱心な教えを護り続け忠実に神事を継承した儀式(神に生贄の心臓を捧げる)を利用していた。しかし、新興勢力が四兄弟の皆殺しを狙った攻撃で壊滅されるのだが、一人生き残った三男・バルミロは、難を逃れて海外に逃亡。執拗な追跡を逃れてジャカルタに潜入する。一方、同じメキシコに生まれた少女・ルシアも暴力と麻薬の町を離れるべく奔走する。そして向かった先が日本である。ここまで読んで、麻薬マフィア・バルミロと同じメキシコ人少女・ルシアの逃避行ドラマかと思いつつ、テスカトリポカとの関係もチョット気になる。麻薬組織の追手とジャカルタ、日本に全く伝のないメキシコ少女の成長や生活等々、物語は始まったばかりだ。

表の屋台商売と裏の商売        ――ジャカルタでの“エル・コシネーロ”――
ジャカルタに逃れたバルミロは、エル・コシネーロ(調理師)と名前を変え、移動式屋台のオーナーとなり、コブラサテ(コブラの串焼き)を表向きの商売とする。その裏で麻薬の密売をしながら組織の拡大を狙っていた。それは以前からの麻薬売買を中心とする「ブラックマーケット」に対して、新たな「レッドマーケット」のネットワーク化を目論んでいた。それは人の臓器売買を密売する闇ビジネスである。そこで日本人の元医師で臓器ブローカーと知り合うことになる。その繋がりで中国人マフィアと接点を広げるのだが、その構想が遠大だ。富裕層を対象にした巨大な豪華客船を製造し、その船内に最新の医療機器を備えた病院を敷設する。表向き船内顧客用の重要な施設だが、病院内では秘密裡に臓器移植を堂々と実行する計画だ。海上の豪華船は、どの国家警察も目が届かない治外法権的な場所である。

レッド・マーケット・ビジネス      ――日本・川崎での“土方コシモ”――
先に日本に来たルシアは川崎市に流れつき、そこで暴力団幹部の土方興三と出会い結婚する。生まれた子供が土方コシモである。父はDVであり、母は麻薬に溺れて育児放棄と極悪な家庭環境で育ったコシモ。学校に通うこともなく孤独な少年は、父親の暴力に耐えきれず、凶悪な犯行を犯し少年院へ。世間常識の乏しいコシモだが、2メートル近い大男に成長していた。一方、レッドマーケットを画策するエル・コシネーロは、着々とビジネス基盤を構築していくのだが、その狙い目が凄い。レッドマーケットの司令本部は、川崎市内の自動車修理工場である。廃車自動車の保管場所と自動車解体の作業工場は、外部からは全く目の届かない隠れ要塞である。更に、臓器提供者のドナーの収容場所は、大きな寺院本堂地下の大収容施設である。そのドナーのターゲットは、親のDVで保護された無国籍児童や児童保護施設の卒園者を引取るNPO団体も設立準備した。そこで豪華客船が日本に寄港して、密輸ビジネスが実行される狙いだ。エル・コシネーロと土方コシモが出会い、日本のヤクザ組織との抗争の結末等々。現代版のテスカトリポカはどうなるのかは、読んでのお楽しみである。

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