図書紹介
先号   次号

小説「8050」
(林 真理子著、(株)新潮社、2021年4月30日発行、第1版、397ページ、1,800円+税)

デニマルさん : 10月号

今回紹介する本は、ズバリ8050問題の小説化である。この8050問題とは、80代の親が50代の引きこもりとなった子供を抱える諸々の問題を云っている。7040問題という言葉もあり、同様のケースで問題視されている。中高年になっても自立しない子供が、高齢の親に面倒を見てもらうケースが増え、親子で生活に困窮する事例が多くなっていると資料にある。然らば、どうしてこの問題が起きたのか、ここで多少「引きこもり」の歴史的経緯を追ってみる必要がある。1980年代から1990年代に中・高校生の学校におけるいじめによる不登校が問題視されていた。その不登校によると思われる家庭内暴力や自死等に到る事件も起きている。その後、経済成長に伴う雇用の多様化でフリータとかニートと云った若年未就業の増加もニュースとなっていた。更に、2000年頃からパラサイトシングル(親と同居する未婚の子供)なる問題も含まれ、家庭内の親子の形態が従来とは変化してきていた。それでも親が元気で家計を支えている間は、何とか生活が維持出来た。しかし、時代の経過と共に親が老齢化して退職や病気等で生活に支障を来す状態となると、お互いに共倒れする危険を孕んでいた。これが表面化して社会問題化したのが現状の8050問題である。その顕著な事件が発生した。2019年の元農水省次官長男殺害事件(元農林水産事務次官の父親(当時76歳)が自宅で、無職の長男(当時44歳)を刺殺した)が発生した。犯行動機は、長男の家庭内暴力とされた。その同じ時期に、川崎市通り魔事件(通学の生徒への無差別殺傷事件で、犯人は事件後自殺)が起きた。この2つの事件の背景の共通点は、家に引きこもっていた点が指摘された。その後、内閣府は「40~64歳の中高年世代における引きこもりは全国に約61万3,000人。近年では親が80代、子どもが働かないまま50代になって生活が困窮してしまう家庭が増えている」と調査結果を発表した。それを受けて厚労省は、全国に「引きこもり地域支援センター」を設置し相談解決する案を提示した。こうした行政の支援を必要とされる程に、8050問題が深刻化してきた。そう云えば、筆者のボランティア仲間にも、40歳過ぎの未婚の子供との同居者が何人もいる。最近では、離婚した娘親子との同居者が多くなった話も聞く。夫々就労していると思われるが、8050問題の範疇であろうか。さて、今回紹介の本は、ごく普通の家庭での引きこもりの高校生を抱えた親子4人家族の物語だ。そこで娘さんの結婚話から、それが事件へと発展するのだが、概略の内容は少し後述したい。著者は1954年生れ、山梨県出身の小説家・エッセイストで、日本文藝家協会理事長でもある。著作には、エッセイ集「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がベストセラー(1982年)となる。更に「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞(1986年)。「白蓮れんれん」で第8回柴田錬三郎賞(1995年)。「みんなの秘密」で第32回吉川英治文学賞(1998年)等々を受賞している。他に「不機嫌な果実」(2016年:テレビ朝日)と「西郷どん!」(2018年:NHK大河ドラマ)がテレビドラマ化され、マスコミ等の露出度も高く人気ある作家である。

「小説8050」(問題の提起)      ――実は「5020」――
著者は、過去のインタビューで「小説って、なんていうか“炭鉱のカナリア”みたいに、危ないですよ、危ないですよ、ピッピッピッピッという役割もしているんじゃないかなって。それができるのが小説かもしれないと思うんです。私たち作家はカナリアちゃん」と作家としての使命を述べている。今回の小説を書くに当たって、8050問題の実態と本質の深刻さの詳細を、どうやって“炭鉱のカナリア”風に表現するか考えた。そこで若い世代の親子を主人公に据え、できるだけ幅広い年代の人に関心を持って貰おうかと考えたという。そして「未だ間に合うのであれば、ちょっと行動を起こしてください」との願いを込めたと語っている。そうなると親も子も30年位若返って、お互いに再スタート可能な年齢の設定となる。「小説8050」は、実は50歳代の両親と20歳代の子供となり、家族再生の「小説5020」を狙った。そしてポイントは、8050問題を如何に再生のシナリオに組み立てるかであり、如何なる問題というか事件から解決に結び付けるかを悩んだという。社会問題でもあるが、親子の家庭問題でもあり、“炭鉱のカナリア”は何なのかを実感出来る狙いの小説だと語る。

「小説8050」(物語のねらい)      ――実は「家族再生」――
物語の家族は、主人公の歯科医師と妻、長女、そして長男の4人構成、親から引き継いだ歯科なので上流家庭である。子供たちは成績も良く順調の様に見えたが、私立中学に通っていた長男が不登校になり、7年間自宅に引きこもったまま20歳になる。結婚を控えた長女は対面を保つために、引きこもりの解決を迫る。それが家庭内暴力へと発展する。その後、主人公は、引きこもりの原因が過去の学校でのいじめに起因すると確証する。それも執拗にいじめた生徒に復讐をしたいという長男の本心も聞き出す。そこまでに到る家庭内の諸々の問題を父親として、全く認識もせず何の援助もしてこなかった。そこで、今現在なら間に合う父親として成すべきは、息子の社会復帰を含む家族の再生が必要と猛省して動き出した。

「小説8050」(問題解決の模索)      ――実は「民事裁判」――
その問題解決の方法を主人公である父親が模索した。そして友人の弁護士と相談の結果、過去のいじめ問題の事例から裁判が解決可能な手段と判断する。そして長男も納得して裁判の準備を開始。ところが、調査を進める過程で長男もいじめの加害者として荷担していたり、学校側の協力等々で諸々の問題に直面した。そこで長男自身が傷害事故を起してしまった。こうした混沌とした状態の中でも、主人公は家族を信じていじめ問題から逃げることなく「家族を守る」信念で正面から裁判と向き合った。裁判には、加害者のいじめ問題の事実認定と証拠が重要な要素である。加害者三人の証人尋問はどうなったのか。学校側はどう対応したのか。いじめの証拠はあったのか等々。そして裁判の判決はどう出されたのか。最終的に、長男の社会復帰は、長女の結婚問題は、主人公の離婚問題等々の結末はどうなったのか。現在の社会問題を浮き彫りした「小説8050」であり、是非読んで確認頂きたい内容である。

ページトップに戻る