グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第158回)
サンクトペテルブルクからIPMA世界大会基調講演

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :10月号

 オンライン研修を何度もやっていると、参加者との対話の精度を高める工夫を重ねざるを得ないが、ブレークアウト演習(グループによるバーチャル小演習)で、ようやく、それらしいことができるケースに出会うようになった。
 9月に実施の海外石油公社社員向け、「石油産業のためのプロジェクト開発・実施マネジメント研修」(14か国参加)は、大変手応えがある研修となった。同じ業界で同じような立場の関係者が一堂に会する研修では、研修参加者以外門外不出のホットなイシューも多々討議の俎上にのぼり、活発な業界特注・対話セッションとなった。
 月初、研修の初め頃は、石油・天然ガス産業は、COVID19が引き起こした燃料油の大幅な市場縮小やらメジャーオイル各社が対応に苦悩しているEnergy Transition政策 (EUで、2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、石油・天然ガス企業は、化石燃料開発投資を大幅に削減し、グリーン水素やバイオディーゼル増産を迫られている)やらで、この先どのように企業変革を遂げていくのか、という議論をしていたのだが、それから4週間過ぎた現在は、原油価格も天然ガス価格も史上最高値に近づきつつある。もの事は筋書通りには進まないという典型的な例であろう。

 9月21日、ロシア連邦サンクトペテルブルクで開催の第32回IPMA(国際PM協会連盟)世界大会開会式でオープニング基調講演をオンラインで行う機会を得た。大会は会場参加とオンライン参加併用のハイブリッド形式で開催され、IPMA・ホスト協会SOVNETの発表では73か国から900名が参加とある。筆者の推定では会場参加者は500名くらいで、95%がロシア国民のようだ。
 これはIPMAの世界大会であるので、IPMA各国協会に所属していない筆者が基調講演トップバッターに指名されるのは異例であるが、筆者とSOVNETとの40年にわたる親密な関係とロシアの大会で基調講演を6回務めた実績とそれに伴う知名度が、原則を曲げたということになる。

田中弘基調講演演題スライド
田中弘基調講演演題スライド
 
 演題は、SOVNET会長から本年5月にウクライナ国際大会の基調講演で行ったのと同じ実践知に基づくPMリーダーシップを、ということであったが、本講演は筆者の引退講演でもあるので、他に、世界に残したい4つのメッセージも加えて15分間のKNとした(IPMAのKNは15分)。
 5つのメッセージは次の通りである。

  1. 1) Conservation of robust EPC PM capabilities
     ロシアのYamal LNGプロジェクトはロシア北極圏という超リモートサイトで、3兆円の初期投資という巨大プロジェクトであったが、納期を短縮して完成した(コントラクターはTechnip -日揮-千代田)。この巨大プロジェクトの信じられない成功から3年、世界のEPC市場はCovid19の社会経済的な影響、Energy transition政策などで大変な苦境にある。EPC PMは産業プロジェクトPMの要であるので、EPC PMの弱体化は社会への巨額の損失となる。なんとしても守っていく必要がある。

  2. 2) Care of the alienated young generation in project management
     経済のプロジェクト化はGDP比で40%に迫ろうとしている。一方、PMプレイヤー層を見てみると、非常に経験があり、安定してプロジェクトを纏められるPM人口は相対的に減少しており、PM資格保有者は大幅に増加している。そして、経済のサービス化・ソフト化が進んで、ソフトプロジェクトに従事する要員人口は急増して、全PM人口の半分以上と推定される。この層はPMを知らないか、あるいはマネジメントと名がつく体系からは距離を置いている。PM界はこの一番上の層をケアする必要がある。PM界のエキスパートは誰もがプロであるという自負から、難しいモデルばかり訴求する。それもよいが、だれかが、この層をケアする必要がある。田中はロシアでも若手のビジネス人相手に easy-to-understand project design and leadership seminars を実施してる。

  3. 3) Cross-fertilization with other disciplines for PM to survive in new normality
     フランスHEC(トップ経営大学院の一角)の研究者達が2016年に指摘したようにPMのメソドロジーは環境の変化やイノベーションには対応できていない。PM界のリーダー達はサイロから出て来て、他のディシプリンと協働して新しいメソッドを考える必要がある。ゆでガエルになるな。たとえば、現在主流の気候変動対応のプログラムやプロジェクトは、プロジェクトマネジメントがOSで、マルチ・ディシプリナリー・アプローチを採らないとできない。
Responses to Climate Change for Green Growth Offering Great Program & Project Oppotunities
 
  1. 4) Proposal for a mezzanine of project management research
     PMの学術研究は現在厳格化して、リサーチメソドロジー、リサーチメソドロジー、データ、データとなっている。一方実務家の研究は実務家には面白いが、ほとんど一事例に過ぎず汎用性がない。以前のように、 PMの現場に大きなインパクトを与えれることができるConceptual study やPosition paperの場を提供する中二階リサーチ・プラットフォームが必要。ロシアPM協会のジャーナルはこの点で優れている。

  2. 5) Phronetic project management leadership in the BANI world
     激動の時代には、Phronesis(実践知:アリストテレスの3つの教えのうちの一つで、科学知とテクノ・ノウハウを繋ぐ知)が必要でPMにもPhronetic PM leadeshipが必要である。日本にも真善美の哲学があり、我が師匠である野中郁次郎先生もマネジメントに真善美を貫くマネジメントの流儀を提唱している。例えばプーチン大統領は極東で大規模なグリーン水素のクラスターを日本企業と中国企業をパートナーとして構築する計画を発表したが、これは真善美のプロジェクトの典型的な例である。

 主催者から、最終的に、トップバッターでオープニング・プレゼンテーションを、と連絡を受けたのは一週間前で、他の用事で超多忙であったため、3日間で講演の作成、自分でビデオ作成を強いられたが、現在の世界PMトップリーダー達が決して言えないことを筆者がはっきりと世界に伝えられたことは痛快であった。IPMA首脳からのお礼:
Your Opening Keynote Speech was very much appreciated by the Program Committee and attendees. We are pleased to hear that you also found time in your busy agenda to attend presentations of the fellow speakers at the Congress.

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