グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第157回)
ダブルループ・ラーニング (double-loop learning)

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :9月号

 7月23日、海外向けオンライン研修の最終日を終えて都内のホテルに戻ると東京オリンピック2020の開会式の後半に間に合った。その時、今はフランス ビジネススクールを引退して南フランス ニースの山の中腹に住む元研究科長からメールが来て、開会式いいわね、ヒロシ、3年後は奥様共々ニースに来て、南仏観光とパリ・オリンピックを楽しみましょう、と。私の家内は、長旅は好きではないが、ブルーインパルスが大好きであるので、世界で有名なフランス空軍の三色旗の隊列飛行をフランスで見ようということになったらそそられるかもしれない。それと車が好きなので、この先生のご主人が経営しているコンセプトカー(自動車ショウに展示されるモデルカー)のアトリエには大きな興味を持っている。
 
 オリンピックで何に感銘を覚えたかといえば、女子レスリング50Kg級の須崎優衣選手の度肝を抜く強さであった。早稲田大学4年生の須崎選手は、これまで海外選手に70戦全勝、日本でも負けた相手は一人だけで、絶対に負けないということには、レベルは雲泥の差があるが、海外では、僅差でも常に勝利を目指す筆者は畏敬の念を抱いた。
 
 今月は、閑話休題・コーヒーブレークで、ダブルループ・ラーニングの話をする。
 
 2000年代の初め、出来たばかりのP2Mのグローバルプロモーションをしてくれるなかで、何点か論文を発表していただいたChristophe BREDILLET教授は、よくダブルループ・ラーニング(double-loop learning)に触れていた。当時は、筆者はこれが何であるのかよく分からなかったが、現在の世界情勢を鑑みると、日本が得意とするフィードバックを重んじるシングルループ・ラーニング(single-loop learning)だけでは、世界を渡っていけないということが分かる。
 
ニューノーマル時代の計画・マネジメントの複線性
 
 上の図で、伝統的な計画・マネジメントでは、左側に示す、デミングのPDCAサイクルを考えれば、ほぼよい。 つまり、計画、実行、評価(実施結果の計画に対しての検証)、改善(不具合あるいは計画との差異に改善をかける)がPDCAであり、改善(A)から、必要に応じて、進行中のプロジェクト、あるいは、次のプロジェクトの計画(P)にフィードバックをかけるサイクルで、ナレッジマネジメントを使用してフィードバックをかけるのが日本の企業の優れたところであると論じられてきた。P2Mの3Sモデル - scheme, system, service でも同様なサイクルを提案している。
 
 ここで問題は、計画は常にPremise(前提仮説)に基づいているということである。「民主主義の正義は勝つ」、「企業・大学はゴーイング・コンサーンである」、「優れた技術に基づいた製品は市場で売れる」、「xx国は大型プロジェクト発祥の地で、大型プロジェクト遂行のインフラが整っている」、「研修は対面研修が一番参加者を得られるし、満足度が高い」、等々である。 筆者は、欧米諸国は、もはや有事にあって社会を民主的に制御できなくなったと感じているし、コロナ禍で瓦礫のように崩壊あるいは縮小していく企業の他に、大学や専攻過程の一部(プロジェクトマネジメント学を含む)の淘汰は着々と進行していることを実感しており、分野専門家の国を越えての結束がバーチャル手段で強くなっており、そして海外のビジネス人のオンライン研修に対する意欲が強烈に高いことを認識している。
 
 そこで登場するのが、図の右側に示すダブルループ学習サイクルで、ここでは計画ではなく、前提そのものにもフィードバックをかける(箱を重ねて書いてある)、あるいは非連続社会の到来で、確率の理論を回して新たな前提仮説を作る、そして計画と実行はアジャイルに行う、というモデルである。Bredillet先生は、この事を言っていたと思う。
 
 なお、右側のループの上にVUCA/BANI時代と書いたが、VUCAは流動性、不確実性、複雑性、曖昧性の英語の頭文字を連ねた概念で周知となったが、ヨーロッパでは、VUCAは米ソ冷戦時代に作られた造語で古い、今はBANI(Brittle脆い Anxious不安な, Non-linear非直線的な, Incomprehensible解せない)の時代だという論議がでているので、両方書いておいた。
 
 2019年の海外プロフェショナル向けP2M研修に参加し、今年1月のWebinarにもゲスト参加してくれたグローバル企業のラテンアメリカPMO統括部長の方が、“Getting to know the P2M Model vs other global models very strong on technical matters, is like getting to know the other side of the moon of Value Realization (技術志向に強い他のグローバルPMスタンダードに比べて、P2Mモデルを知ったことは、価値創造を月に例えて、月の反対側を見るが如しでした)”と述べたことも印象深い。
 
 伝統的なPDCAモデルがなくなるということはないが、シングルループ学習のみに頼っていては足をすくわれる局面がでてきた、と認識することが必要だ。 💛💛💛

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