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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (34)
―メディアトレーニング―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :9月号

○ 「もんじゅ」を他山の石に (1)
 1992年に毛利宇宙飛行士を載せたスペースシャトルが宇宙で活躍した後、向井、若田、土井飛行士と日本人宇宙飛行士が続々と宇宙にいくことになりましたが、イベントの度に、日本のマスコミが大挙してNASAのジョンソン宇宙センターの広報部に押しかけ、ジョンソン宇宙センター内で活動するための広報バッジの発行依頼、宇宙飛行士やNASA技術者との個別インタビューの調整依頼が頻発するため、NASAは不満がたまっていました。特に、日本人はスムーズに英語が話せないこともありNASA広報はストレスを抱えていました。さらにNHKは国営放送で、その他はひとくくりに民放という理解で調整を行っていたので、日本のプレスにもストレスを与えていました。日本のプレスは、JAXAが調整を行ってくれれば日本語でスムーズに進むのに、NASAと“ぎくしゃくした”状況と時間ばかりかかる事態に不満をもっていました。
 1997年頃、大蔵省の官官接待、動力炉・核燃料事業団(現日本原子力研究開発機構)の高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故の対応の不備から端を発し組織解散に至るなどの出来事があった中、JAXAでは地球観測衛星「みどり」の事故による運用断念や、H-IIロケット5号機の衛星打ち上げ失敗などが続きJAXA広報部経由の情報公開のやり方に内外の議論が噴出していました。
 当時、JAXA広報部では、NASAの広報ノウハウを実地に学ぶため、NASAに研修受け入れを打診していましたが、米国政府機関としての機密保持とセキュリティーのためにまったく相手にされず、けんもほろろの扱いでした。しかし、NASA国際部のある女性担当者が上記に述べたNASAヒューストン広報対応のまずさを改善する必要性を感じていて、日米間連携強化の観点でJAXAの派遣員をうけいれる努力をしてくれました。この努力が実を結びジョンソン宇宙センターに10年間にわたり9人の女性駐在員が派遣されNASAの細かなノウハウを学んでいくことになりました。その成果の一つが「メディア・トレーニング」です。問題や危機が発生した時に、米国企業や政府要員はこの訓練を事前にうけ、マスコミや一般の人への広報対応を上手に進めていました。その成果が「きぼう」広報でも生かされることになりました。ちょうどその頃、日本では「きぼう」打ち上げ、運用にむけての枠組みが動き出したころでISS広報分野を強化する予算がつき広報情報センターの設置が進んでいました。そして、JAXAの広報能力を高めるためプロジェクトの広報対応にあたるプロマネ、専門エンジニアと広報担当者にメディア・トレーニングを受けさせることになったのです。ちなみに日本には、元新聞記者や元TV報道記者の方々が設立した会社を含めてメディア・トレーニングを専門にしている会社は沢山あります。

○ メディア対応模擬訓練で鍛えられる (2)
メディア対応模擬訓練で鍛えられる  当時我々は「きぼう」の開発で手一杯であり、広報対応など眼中にありませんでしたが、「NASAは、ホームページはじめいろいろな手段でマエビロに不具合の技術的説明もしているのに、JAXAはどうして同じような対応をしないのだ。」と不満がたまっていました。「きぼう」が打ちあがったら、365日、10年以上の運用期間、何かあったらNASAみたいにすぐに発表しなければならないことは理解していました。そのような状況の中、私も半日間のメディア対応模擬訓練を仲間6人と受けることになりました。背広でネクタイのスタイルを要求されており、照明もTVカメラも設置された記者会見室風に作られ部屋で、記者役の方が、「きぼう」の不具合が起きたと想定した状況で、「何が起きているのですか? 何が原因ですか?」「何が悪かったのですか?」、「まだ詳細が分からないので、対応策は決まらない。」と矢継ぎ早や質問をしてきます。私は多少緊張していましたが、初めてのことで要領が分からず言い訳めいた核心部分も含めた長い説明になってしまいました。すると、不備な点をぬきだし、また、記者役が突っ込みます。「いつ解決するのですか?」「このような不具合に対する準備はしていなかったのですか?」一人30分程度なのですが、終わったときはどっと疲れができてきました。
「きぼう」の打上げ会見(アメリカの新聞記事より)  模擬訓練が終わったところで、記者役の方が、録画した映像を見ながら、沢山のダメ部分を具体的に指摘していき、その後指摘に対応する具体的な説明の仕方を教示していきます。 参加者全員、具体的で実践的な講義だったので“なるほど”と納得しました。しかし、ダメ出しで沢山のまずさを指摘されたので気分が相当落ち込んでしまいました。この訓練は、その後の「きぼう」の総合試験、打上げ(右写真、アメリカの新聞記事より)、初期運用などの内外のマスコミ相手のイベントで非常に役立つことになりました。日本やNASAで沢山の記者会見やTV出演などを数多く経験していくうちに、模擬訓練で指摘されたことが、肌感覚としてピタッとくるようになり、マスコミ対応は非常にスムーズで、マスコミの評判も良くなっていきました。以下にその成果を紹介します。

○ マスコミへの答え方のポイント
  • 最初の1、2問が勝負。Yesかnoかを真っ先に、そのあとすぐに核心部分を説明。ストレートに答える。センテンスを短く。ポイントを押さえて答える。沢山話してはいけない。
    (結局次々質問をしてくるので全部答えることになる。)

  • ポイントを外さないで、キーワードを押さえ、殺し文句をちりばめる。専門的で細かな話に入るな。背景や経緯の説明は最後に。(記者は記事の見出しに使えるようなキーワードを期待している)

  • 記者会見は、その場の雰囲気で状況がかわる。その場をポジティブにしていく。

*記者はネガティブな質問が多い。これをポジティブに発信する。「あらゆるトラブルに対応するケーススタディーをして対応しているので、問題ありません。」「こんな場合も、あんな場合もあり、あらゆるものを含めて原因調査をしている。」、「運用上、打つ手はいろいろある。」
解決はいつ? →「明日の今頃には作業がすすんでいるでしょう」

  • 発表文を棒読みしない。相手に語り掛けるつもり、相手の眼をみて。生の言葉で、リラックスして姿勢を正して、・ゆっくり、明るく、よく通る声で話す。
*記者の質問に、「まさにそのポイントです。」→の質問をうけとめていることを示す。深刻さについてはふれない。「実績があり、いままでそういうことはなかった。」
不具合だけでなく、次の予定や全体の一つのエピソードとして論点を提供する。

  • 服装は大事。ネクタイと背広、Vゾーンをだしきりっとした雰囲気をだす。厳しい質問にも普段と同じような態度で終始冷静に対応する。

<参考文献>
(1) 鈴木明子、「NASA JSC広報リエゾンの立ち上げ」、「きぼう」日本実験棟組み立て完了記念文集より、2010年、JAXA社内資料
(2) 筆者の古いノートより

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