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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (33)
―プロジェクトのモティベーションアップ―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :8月号

○ ISS黎明期は逃げ水 (1)
図1.米国事情により「きぼう」組立が遅れる様子  基本設計が本格するまでのISSの開発黎明期は、栄光のアポロ計画成功の残光が残っていたため、あれもこれも意欲的な先端技術をとりいれた壮大な計画になっていました。しかし、アポロ計画をマネジメントしていた世代がすでに宇宙開発から離れていたため、プログラム全体のインテグレーション、コスト、スケジュールマネジメントが甘く米国予算をオーバーして下記のような度重なる計画の見直しが行われる状態でした。これらの見直しは、Reconfiguration, Rescheduling, Rephasing, RestructuringなどのRe-なんとかとの名称がつけられていました。スケジュール遅延の情報が米国から流れてくるたびに、皆で「あーあ! またか!」「またアメリカの財政事情で見直しをやるのか!」とため息をつきながら米国議会の動きを注視するのが毎年のイベントになっていました。
 計画見直しの度に、図1のように「きぼう」の打ち上げは、目標に近づくと延期になる様相を繰り返しており、まるで逃げ水にいるようなプロジェクトになっていました。シャトル打ち上げスケジュールは常に流動的で一旦決まっても再三延期されます。要求変更も仕様変更も頻繁に発生していました。ハードウエアが出来上がった後にNASAから要求変更が出されたこともありました。スケジュールを制定すると次の仮のスケジュールが回ってくる混乱した状況が頻発していました。メンバーはこれまで経験してきたきちんとしたスケジュールで淡々とこなしてゆく開発のやり方とは異質の世界のものだと感じました。現場の技術者は、スペースシャトル「チャレンジャー号」事故の影響もあり、これから一体どうなるのか、不安と希望の入り混じった気持ちで過ごしていました。そんな時、私は上司と相談してモティベーションをアップするための方策をやってみました。

(1) プロジェクト全体会議
 情報共有の場として、1か月に1度、プロジェクトと支援会社の方、約200名を集めて、「きぼう」のおかれている状況、ISS参加機関の動向と日本政府の動向をまず要点のみ話して、その後、「きぼう」の作業計画について説明しました。その際、目標達成へのビジョンを示し、「皆が同じ目標に向かう情熱と忍耐力と協同する力が不可欠であり、同じ船に乗ったのだから日本人宇宙飛行士を我々の作る日本実験棟で活躍させ日本の存在感を世界に見せるのだ!」と話しました。私自身もISSの度重なる延期で不安はありましたが、表情を明るくして、言葉に抑揚をつけ何とかなると思わせるように熱く話すようにしました。(2) また、「きぼう」の打ち上げがどんなにクリティカルな状態かを実感してもらうために、トム・ハンクスが総指揮をしたアポロ宇宙船が月に降りるまでの苦闘を描いたTV映画 (3) (4) から10分程度抜き出して会場で投影、臨場感を味わってもらいました。映画によって増幅される人間ドラマと美しいクラシック音楽の複合的な感動により琴線にふれるインパクトがあり「やる気がでた!」との感想が寄せられました。この会議は、チーム員や支援会社の方々から、「自分が担当している仕事が、全体としてどうなっているのか、新聞やTVで報道されている不安な記事が都度でるので心配があったが、直接幹部や技術担当から実際の話がきけて不安が解消されたばかりかやる気がでてきた!」との声が聞こえ、忙しい日々が長く続きましたが踏ん張って「きぼう」が宇宙で組み立てが完成するまで続けました。

(2) 昼飯会
 プロジェクトの中のグループ間の交流があまりないので、10人程度声をかけて、昼飯会を12時から1時に、安価にそばと寿司と珈琲セットを提供する近くの寿司屋でやることにしました。食事をしながら各自5分程度の自己紹介と趣味や故郷など仕事以外の話をするようにまず参加者に伝えて、時計周りに隣の人が次にやる方式にしたので、何を話すのか心の準備もでき初めて参加する方には好評でした。家族関係や、故郷の紹介があった後、参加者から「同じ学校だったの? 自分の家は、すぐ近くだったよ。趣味は同じだよ。知らなかった。びっくり!」とか、仕事以外に話をしたことがないメンバーは、この会で近さを感じてそれ以降仕事でも頻繁に話をするようになったそうです。10人に絞ったのは、小さなグループでばらばらに話すのを避けるためで、全員が一人の話をじっくり聞きながら質問をしていくと、より深くその人のことを知ることができるようになるからです。幹部と直接話ができる場が意外とないので、この会はかなり評判がよかったようで庶務を扱っている派遣の方からも出向の方からも参加したいとの希望がでて、10人前後の人数の中に混ぜて退職するまで続けました。女性職員は、夜は家族の世話をしなければならないので、「昼飯会は参加したい。楽しい会があるときいたので、ぜひ参加したい。」との意向が寄せられました。

(3) 表彰式
 NASAは大きなオーディトリムで、年に数回いろいろな分野で実績を挙げた職員を皆の前で表彰します。この様子はNASA全体へメールやホームページで周知し賞罰の実績として残るようにしています。また、ISS関係者の表彰は、参加各国の宇宙棟が打ちあがるまでケネディー宇宙センターで大々的に表彰式と食事会が行われ、「きぼう」の関係者も世界の仲間と一緒に招待されて誇らしげな気持ちになっていました。このイベントはシャトルの打ち上げ時期に合わせて開催されました。打ち上げの遅延で打ち上げに立ち会えない場合でもNASAの現場ツアーを体験できるので好評でした。私もNASAの真似をして有人ミッション本部の職員および支援会社の方を対象に、半期ごとに「きぼう」関連業務で成果を上げたチームを大会議室に集めて関係者全員の前で表彰することにしました。表彰式をより演出してみようと思い、カセットレコーダーにモチベーションが上がる音楽を流すことにしました。例えば、卒業式によくつかうヘンデルの曲、エルガーの威風堂々第1番、TVドラマのテーマ曲DEPARTUREなどでした。職員の功績をプロマネ自身が理解していることが表彰者本人の感動をうむだけでなく、職員やプロジェクトに関わる支援会社全員に伝わり、次はこの舞台に立ちたい!と思う社員が増え、やる気のアップにつながったようです。「プロマネから「ありがとう!」と言われ関係者の拍手によって、今まで頑張ってきた苦労などが一瞬で報われた」と何人かの方から報告がありました。特に、美しい盛り上がるバックグランド曲のなかで、自分が表彰されるのはジーンときたようで評判は良かったです。

参考文献
(1) 樋口清司氏、「国際宇宙ステーション計画についての考察メモ」より、2011年
(2) 長谷川義幸著、「きぼうのつくりかた」、地人書館、2018年
(3) フロム・ジ・アース/人類、月に立つ - Wikipedia
(4)  リンクはこちら
(5) 卒業式によくつかう 見よ勇者は帰る - ヘンデル【授賞式・卒業式の定番曲】 - YouTube
エルガーの威風堂々第1番 - YouTube、
 3) DEPARTURE ANA動画付き(GOOD LUCK!! テーマソング) リメイク版 - YouTube

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