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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (35)
―ご都合主義のアメリカ―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :10月号

○ シャトル搭載時のクリアランス
図1 シャトルロボットアームを使って船内保管室をNode2天頂ポートへ移設 「きぼう」の船内保管室は、図1のようにシャトル荷物室に搭載され、ISSに到着後、ロボットアームで欧州が開発したNODE2と呼ばれるISSの接続棟に移設されることになっていました。シャトル荷物室の壁と搭載物との動的クリアランスは、1インチ以上確保することが要求されていました。(図2参照)このため、シャトルと船内保管室の数学モデルを柔結合し、打上げ時や軌道上でのシャトル側の外力を入力して、「きぼう」側の過渡応答を出力する解析を行い、動的な変位を確認するとともにレーザーによる実機寸法測定を行い動的なクリアランスの最終確認を実施しました。クリアランスに問題はありませんでした。
 ところが、2003年2月にスペースシャトル「コロンビア号」の事故という想定外のことがおきました。シャトルの左翼の前縁部に大型固体ロケットの断熱材が落下して破損させ穴があきましたが、そのまま飛行しました。しかし、ミッション終了間際のシャトルの大気圏突入により高熱の空気が
図2 シャトル荷物室に搭載された探傷センサ付きアームとロボットアーム 入って機械部を破損、爆発させ、クルー7人が死亡しました。打ち上げ時点では、破損は大事ではないと判断しましたが、実際には想定外の状況が起きていたことが事故調査で判明しました。委員会は事故防止対策を勧告しました。NASAは勧告を受け、図3のようなシャトルの底面のタイル断熱材や機体上部の健全性確認のため、荷物室の片側に探傷センサー付きのロボットアームを設置することにしました。荷物室の片側にはすでに荷物室に搭載した貨物を運搬するためのロボットアームが設置されているので、このアームの先端に新たなロボットアームを取り付けて、シャトルの断熱材が張り付けられている箇所をすべて検査するためでした。
 この探傷センサー付きアームが常時搭載されることになったため (1)、船内保管室のISSロボットアーム用の把持機構が干渉することになり、NASAは我々に取り外しを要求してきました。
図3 シャトルの探傷センサ付きロボットアームによる船底の損傷を検査している もともとは、NASAから1台がダメな時も、もう一台の把持機構が必要だから“2台搭載せよ!”と厳しく要求されたものでありました。このことをNASAに言ったところ、「ロボットアーム把持機構は非常にシンプルな構造で過去、故障したことはない。すでに、ほかの実験棟は1つしか搭載していないし、なんの不具合もなかった。外しても問題ない!」と過去のことはなかったかのように平然と言うのです。そこで我々は過去のISSモジュールを全て調べました。確かに把持機構は1つしか搭載していませんでした。安全上、1故障許容が必須と当初厳しくNASAが要求していた状況を思うと、「とりまく環境が大きく変わったから、
図4 打上げ前の「きぼう」船内保管室 それに合わせろ!」と言うのは、なんかご都合主義のように思えましたが、熱解析や構造解析の追加作業などコストはかかるが技術的にこの選択肢しかないのは自明なので、この把持機構を外すことにしました。図4は、シャトルに搭載した写真ですが、右側は把持機構を外して盲板になっています。
○ ISSのエンドユーザーは宇宙飛行士
1998年6月、私が「きぼう」開発プロジェクトのシステムインテグレーションマネジャーになったとき、NASAから「きぼう」のクルーインタフェース検証を実施したいと言ってきました。「また、NASAから新たな要求を出してきたか? その宇宙飛行士評価ってなんだ?」とのチーム員からの不満が沢山でました。この要求は第31回でお話ししたクリントン政権でのISS
筑波宇宙センターの大型水槽設備で実施したNASA宇宙飛行士による船外活動検証 プログラムの大幅見直しに伴うボーイング社の成功マネジメントの仕組みを取り入れた活動でした。(2) NASAから提案を受けた時点では、「「きぼう」開発スケジュールが厳しく作業工程に支障がでるので協力できない」と返答しました。NASAは、“開発を確実に進めるためのCo-engineering活動である。”とのスタンスを崩さないので調整はハングアップの状態が続きました。活動の背景と実績をNASAが熱く語るのを何回も聞かされているうちに、「半ば理解はできるが、面倒くさいな。」との印象をもちました。しかし、「きぼう」開発完了の要件に“クルー評価を適切にしていること。”との事項があるので面倒ではあるが、実績を残すのは悪くないと判断し“作業はミニマムにすること”を条件に付き合うことにしました。そのため、我々はNASAの宇宙飛行士が「きぼう」の検査に来るときの支援体制を急遽立ちあげることになりました。
大がかりなものは、1997年以降何回も筑波宇宙センターの大型水槽設備で実施したNASA宇宙飛行士による船外活動検証(右写真)です。6人の宇宙飛行士が同じ作業を行い評価します。人間がやることですから、これはできないこれはできるといろいろな意見がでますので、6人のコンセンサスで評価をします。「うまく作業ができるか?」の検証です。宇宙飛行士たちの評価は、「そのままでいいとか」、「改修が必要」、とかの評価が提示されます。毎回概ね妥当なもので実体験に基づいたコメントが多かったのです。特に、クルー作業の関連で規格を満たせない要求の評価に対して、クルーの確認が取れてウエーバーできる事項が沢山でました。手間とコストがかかりましたが、開発企業も我々も、やってよかったと感じました。

 日本は合意点をにらみながら交渉を進めるのに対し、アメリカは、最初は理想的な高い要求を突きつけ、周りの状況が変われば一度決めた要求事項も固辞することなく柔軟に要求を変えます。ある意味でのご都合主義ではあります。日本人は妥協を恰好悪いと感じますが、アメリカ人は意に介さないようで、ISSでのNASAとのせめぎあいでの実体験を通じてこれがアメリカの強さであることを実感しました。

参考資料
(1) 野口聡一、「宇宙日記 ディスカバリー号の15日」、世界文化社、2006年
(2) 長谷川義幸、「きぼう」日本実験棟開発を振り返って(31)、PMAJオンラインジャーナル
2021年6月

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