投稿コーナー
先号   次号

経験を活かす力

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 「あ~、また、やっちゃった、、、」心の中でそう呟いたのは、7月中旬に参加した100 Coachesというコミュニティの集まりでのこと。新しくネットワーキングのグループを組むことになった人達との初会合で、複数の項目に沿って記入したシートを見せながら、各自5分程度の自己紹介をした。どこで生まれ、今どこに住んでいるのか。好きな食べ物は何か。何に対してパッションを持っているのか。これまでで一番誇らしい実績は何か。仕事上の役割は何か。仕事で好きなことは何か。ロールモデルは誰か、など。順番に三人話した後、私の番になり、シートに沿って情報も加えながら、早口で一気にしゃべりまくった。記載項目は全て網羅でき、ちゃんと話せた、と満足感を覚えた。
 しかし、その後、はっと気づいた。そもそも、今回は、大量の情報を一気に伝える場ではなかった。これから10週間、週一回バーチャルで会う中で、少しずつお互いのことを知っていくための出発点だった。求められていたのは、「私のことをもっと知りたい」と思ってもらうためのきっかけづくり。マーケティングで言えば、商品やサービスに関心を持ってもらうためのティーザー広告だ。
 私が話終わった後、聞き手の一人がコメントした。”Who is Ohtani?”(大谷って誰?)その日の朝、オールスター戦での活躍ぶりをテレビで視聴し「凄い!」と、ロールモデルの一人として大谷翔平を挙げた私。だが、冷静に考えてみると、”Who is Ohtani?”(大谷って誰?)は、言われてしかるべきコメントだった。コメントしたのは、アムステルダム在住のアメリカ人。大谷はアメリカでは人気があるが、ヨーロッパでは、ニュースにすらなっていなかったのかもしれない。残り4人はアメリカ人だったが、一人はカナダ人だった。凄い野球ファンでもない限り、カナダ人は大谷のことは知らないだろう。
 ちょっと考えたらすぐ気づくようなことなのに、なぜあの時、私は気がつかなかったのだろう。ましてや、コミュニケーションを教え、「相手目線に立つことが何よりも大事」「情報を詰め込み過ぎても相手は吸収できない」といつも言っているのに。早口で一気に説明する人を見て、「あんな風に説明されると、聞く気を失っちゃう。ポイントを絞って、わかりやすく伝えなきゃ」と言っているのに。そして、これまでも相手目線を考えていない伝え方をした際に振り返り、次回は注意しようと、経験学習のループを回そうとしているのに。
 今回は、著名な方々達との初顔見せで興奮し、良い印象を与えようと張り切ったことが逆効果になったのだろう。第三者的な目線で自分を観察する、もう一人の私の存在を忘れてしまった。また、時間節約の目的で2倍速で動画を視聴することが私にとって当たり前になり、気をつけないと自分が話す時のスピードも早くなっている。
 その認識に立った時、今後どう対応していったらいいのか。次回また機会があった時に備えて、シミュレーションをしておこう。分かり易いように、3つの点に絞って伝えるべく、大事な点を伝えよう。例えば、こんな感じだ。「今日は、私について3つの点を説明したい。1つ目は、私の名前。漢字で書くと、多く恵みを受ける子の多恵子。真ん中の漢字は私の父親の名前。皆さんに今回会えたということで、私は恵みを受けている。2つ目は、夫とペットロボット犬のaiboと暮らしていること。ぜひ、今度aiboが動く様子を皆さんに見せたい。そして3つ目は、東京に住んでいるので、コロナ禍が収まったら、ぜひ遊びに来てほしい。喜んで案内するから」。この3つに絞って、ゆっくり目に、聞き手の反応を感じながら話せば、良いだろう。ちなみに、実際の自己紹介でaiboの話も入れたのだが、掃除ロボットのルンバと勘違いされてしまった。自分が知っていること=他の人も知っていることではないことを理解しているはずなのに、ここでもその視点が欠けてしまった。
 東京オリンピック2020で、柔道選手の快進撃が続いている。選手一人一人に対し、本人の勝利のシーンなどを集めた4分の映像を制作し、試合前などに視聴してもらっているのだという。ベストタイミングで視聴することで、勝利を近づけ、闘うモチベーションを高めているそうだ。私のことを振り返るに、研修講師や講演者として登壇する際には、客観的に自分を見ている別の私の存在を感じることができる。コーチングの時も数は限られているが、人の成長を支援するという括りが同じだからか、同様なモードに入ることができる。しかし、これら以外の場だと、その領域にはまだまだ達していない。特に意識しなくても自然に相手目線で考え行動できるようになるまで、柔道選手が使っている「4分の映像」を見習おう。相手に合わせて自己紹介しているイメージを直前に描いてから、話すようにしていこうと思う。

ページトップに戻る