例会部会
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『第267回例会』報告

中前 正 : 7月号

【データ】
開催日: 2021年5月28日(金)
テーマ: 「ジョブ型の働き方は、プロジェクトを成功させるか?」
講師: 株式会社アスカプランニング
永谷 裕子 氏
◆はじめに

「ビジネス環境の急激な変化に適応する」ことの大切さは、近年多くのビジネスシーンで唱えられてきましたが、コロナ禍以降はとくにその急激さに拍車がかかってきた印象を受けます。プロジェクトマネジメントやプログラムマネジメントに携わる者としても、これまで以上に周囲の変化に敏感になり、さまざまな問題にスピーディーかつ適切に対応する必要があります。

ところで、私たちのビジネス環境の一要素である「働き方」に注目してみると、近年、人に仕事を割り当てる「メンバーシップ型」から、仕事を明確にした上で人を割り当てる欧米型の「ジョブ型」へのシフトが進んでいます。

このジョブ型組織は、欧米とは文化的な基盤が異なる日本でも機能するのか、またプロジェクトマネジメントに導入する際に上手く機能させるためのポイントは何か、といったところを皆さまと共有したく、このたび、数多くのグローバルプロジェクトに従事してきた永谷裕子氏(以下、講師)に講演をお願いする運びとなりました。以下、要点を抜粋して紹介します。

◆講演内容

● ジョブ型の働き方(vs メンバーシップ型)とは?


はじめに、ジョブ型という働き方の定義について説明されました。欧米では仕事の内容を明確にした上で人を割り当て、その業績を評価する仕組みが定着しています。いわば「適所適材」型であり、「スペシャリスト人材」志向です。

対して、日本では人に仕事を割り当てるメンバーシップ型が主流です。そして必要に応じて職務責任を拡大し、個人に多くの経験をしてもらうことによって組織力を強化します。こちらは「適材適所」型であり、「ゼネラリスト人材」志向といえます。

なお、米国PMI®が発行しているPMBOK®ガイドでは、プロジェクトチームをオーケストラ組織として捉え、プロジェクト・マネジャーの指揮のもと、メンバーは定められた役割や責任を果たすことでチームが機能する、という主旨の記載があります(第6版・P.51)。これはジョブ型の働き方を反映した表現と考えられます。

● ジョブ型は日本の文化基盤に合わないのか?(欧米と日本の比較)

日本と欧米を以下のような観点で比較しながら、ジョブ型が日本のビジネス環境にマッチするのか、講師の考察が紹介されました。

  • 社会的観点からの考察
    1. > 職務を全うしていないとプロジェクト・マネジャーや企業が判断すれば、メンバーを解雇できるか?
    2. > 自己研鑽を積んで、自身のプロフェッショナル・キャリアを自身で構築できるか?
    3. > 企業間を超えたキャリアビルディングができるか?

  • 文化的観点からの考察
    1. > ジョブ型では明示的なコミュニケーションスタイルが必要だが、それは日本で可能か?

  • 日本人の精神性の観点からの考察
    1. > メンバー個人個人の自我によってバラバラになりがちな組織を、明示的な約束事によって一体にすることができるか?
    2. > 日本では性善説が支配的だが、PMBOK®ガイドのような性悪説の世界観は馴染むか?

  • 人間関係志向か、タスク志向か、の観点からの考察
    1. > 欧米では直接的な表現と事実重視の姿勢でタスクのゴールを目指すが、日本では本音より建前が重要で人間関係の構築を志向する。この差は何か?

これらの考察により、文化的基盤が異なる日本のビジネス環境で欧米のジョブ型をそのまま導入するには、かなりハードルが高いことが浮き彫りとなりました。

● ビジネス環境の変化に関する考え方のトレンドは?

近年、プロジェクトマネジメントやビジネスアナリシスの世界大会などで「ビジネスアジリティー(変化への対応力)」がトレンドになっていること、そしてその手段としてのアジャイル開発は、ジョブ型というよりむしろ日本発の手法であることが紹介されました。さらに、環境変化に関するもう1つの潮流である「イノベーション+コラボレーション」の考え方も、日本の人間関係志向や協調志向、摺り合わせといった文化に近いという解説がなされました。

● 4つのプロジェクトチームの形

プロジェクトチームは、明確な規律をもとに統制をとる「管理志向」と、良好な人間関係を構築する「人間志向」の両軸で評価することができます。先に紹介したPMBOK®ガイドの音楽チームの表現になぞらえ、講師はチームを以下の4パターンに分類しました。

  • 管理軸=低、人間軸=低:独立したストリートミュージシャン
  • 管理軸=低、人間軸=高:コラボレーションしたジャムセッション
  • 管理軸=高、人間軸=低:指揮監督下のオーケストラチーム
  • 管理軸=高、人間軸=高:ハーモナイズされた雅楽チーム

管理軸が高い、つまりメンバーの役割分担や権限が明示的に定義されることで、チームはオーケストラのような一体感を持ちます。そこにさらに人間軸の高さ、つまり同士の息(意気)や間を感じ合いながら行動できる能力が加わると、雅楽のように各人がリーダーとしての自覚を持ちつつ、自ら考えて行動できる自立型チームとなることができます。

● 日本がとるべきチームのあり方の提言

最後に、日本の特徴である高い協調性や助け合いの精神を基盤にして、プロジェクトのパフォーマンスを上げてメンバーがハッピーに仕事をするにはどういうチーム形態をとればいいのか、講師から提言されました。

それは、上記の雅楽チームのように、人間関係志向とタスク志向のハイブリット型であるいわば「和魂洋才型」のマネジメント形態を目指すことです。この形態では、未来に向けた筋書き(経営のビジョンやビジネス戦略)をベースにして、個人ではなくチームの和を志向しつつ(和魂)、PMBOK®ガイドにあるようなタスク志向のツールを賢く使い分けること(洋才)により、プロジェクトを成功に導くことが可能となります。

ただし、ここに一つ問題があります。「未来に向けた筋書き(経営のビジョンやビジネス戦略)」は、いったい誰が描くのか? 誰がそこに責任を負うのか? 今の日本では、そういったビジョンを持ったビジネスリーダーが少ないのではないか、という問題が提起されて講演は終了となりました。

◆講演を聞き終えて

講演を聞き終えて、日本と欧米の世界観の違いについて理解を深めることができました。またビジネス環境やニーズの変化に対応する際、新しい手法やツールに目を奪われるのではなく、組織や個人としてすでに持っている特徴や強みにも目を向けて活用すること、そして最後に提起された、ビジョンを語るリーダーシップの大切さにも気づかされました。皆さまはどのような気づきがありましたか?

例会では、今後もプロジェクト・マネジャーにとって有益な情報を提供してまいります。引き続きご期待ください。

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