PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (129) (事例 民営化事業)

向後 忠明 [プロフィール] :7月号

 前月号ではかなりオドロオドロした話となり、日本では考えられない事だと思います。
 海外におけるプロジェクトではいつ何が起きるかわかりません。読者諸氏も海外でのプロジェクトに従事することもあるでしょう。友人が海外プロジェクトに従事して経験した話でも戦火に巻き込まれやっとのことで隣国に飛行機で脱出したり、著者の場合もすでに述べたように政変による暴動に巻き込まれたり、中東ではテロの攻撃で多くの仲間が銃撃により犠牲になったり等の話もあります。
 しかし、このようなことは日本で平穏な生活に慣れてビジネスを行っている人には考えられないことと思います。
 その上、海外でのビジネスでは言語も違うし、文化や商習慣も異なり、そのような中で仕事をすることになるので当然日本国内と比べるとその難易度は上がります。
 今回CAO として赴任し、それも全く経験のない業務系の担当役員になって、感じたことですが、会社というものは企業の儲けに関連する製品製造や役務提供、その基礎となる研究開発やその関連技術、その結果の販売促進等の営業活動、そして会社の健全な資産運用やその関連財務管理等々があります。いずれも社長またはCEO といった企業トップのビジョンに従って同じ目的で連携して動くことが必要となります。
 そのためには会社の各機能が一丸となるその知識集団がマスターマインドグループ(協力集団)となる必要があります。
 その中心となるのが業務系役員としてのCAO の役割と考え、これまで述べてきた労務、人事、総務系に関する各種施策を実行してきました。
 その中でも緊急に処置しなければならないのが、従業員が会社側に持っている不満解決の労働組合対策でした。

 すなわち、海外においては当然ながら日本人と現地人とは異なる文化・習慣の違いからくる行動や考え方の違いもあり、これを一つの方向にすることが大事です。日本人が良かれと思ったことでも問題が発生し、従業員との確執も生まれます。この会社に来て感じたことが従業員と日本人管理者との確執であり、そのため労働組合と経営側の確執の解消が第一と考えました。
 日本側が経営権を持つとどうしても経営側は上から目線の改革を行おうとするが、このことは必ず現地人の反発を招きます。このようなことは海外におけるプロジェクトにおいても現地人との関係を壊す原因となります。たとえ、日本人の考え方や方法論が良かれと思ったことでも押し付けがましい方策は反発を招きます。
 このようなことから労働組合問題の解決を第一に挙げ、組合との融和を第一にと心掛けました。その結果は前々月号で説明しましたが、組合員とのマスターマインドグループ、を形成することができ、次に続く各種会社の問題を解決することもできると考えました。
 要するに企業経営は人間を相手にするので知識や経験ばかりでなく、従業員が何に不満を持っているかを知ることが大事であり、これを解決すれば従業員との協調が可能となり事がうまく進むようになります。
 最初は労働問題の本などを読んだりしましたが、ゼロベース発想から何が問題でどうすればよいか毎日考え、また自分で出来ることは何かを発想し、空手という道具に気づいたわけです。
 その結果、現地従業員と各組合の長と心を一つにすることができ、彼らの協力も得ることができ、その後も目の前に起きる問題の解決に役立つことになり、様々なアイデアが数多く飛び出し、前々月号でも説明した従業員の不正問題の解決にもつながっています。

 コンピュータ、フリーエナジー、ロボテック、DXの開発に必要な創造力やイマジネーションに必要な発想や思考は一人の知識や経験に基づくものでなく、他の人と心を一つにして取り組むといったマスターマインドから生まれるものです。
 このような発想力に基づく新たなビジネスにおいても、創造力やイマジネーションをもって発想された具体的目標の実現のため調和の精神に基づくマスターマインドといった思考がこのような業務系の仕事にも有用となることがわかります。
 CAO としてこの民営化事業において、このマスターマインド思考の実践を行ってきましたが、この思考はプロジェクトにおけるエンジニアリングに通じるものがあります。
 この考え方はナポレオンヒル著「思考は現実化する」から引用したものである、プログラムマネジャーまたは経営者には必読の書と思いますので参考に示しました。

 さて、本題に戻りますが、狙撃事件の後は、退院しても彼は暗殺者のターゲットになるという情報も入り、警察とも話をして、我々が住んでいる警備のしっかりしたマンションに当面、留め置くことにしました。その間に本社とも話をして国外脱出を図ることにしました。その結果、N社のシンガポール支社に面倒を見てもらうことで極秘裏にシンガポールに送り出しました。
 以上が、銃撃事件の顛末でした。

 なお、後日談ですがシンガポールへ移送してから二年後、筆者がCAO しての任務が終わり、日本に帰国したら、何故か新しく赴任したCEOが彼をスリランカに戻してしまいました。その結果、2~3日後に彼は銃撃により殺害されたとのニュースが日本に入りました。何ともおぞましい話であり、コントラクトキラーの恐ろしさを身にしみました。

 さて、シンガポールに彼を移送した後も、何となく不安な毎日であり、この事件の責任者であり、かつ不正問題に関する調査や関連処罰も行っていることもあり、次はCAO自身 に危害が及ぶのではないかと危惧していました。
 事実、夜中に無言電話があったり、朝のお茶を飲んだら苦い感じがしてその後腹が膨れたりして病院に行ったり、通勤時のCAO 車両に尾行がついたりと何となく、誰かに狙われているのかと思うような事象が続きました。

 このような状況の中、COTO (Chief Operation Technical Officer)が任務を終えて、突然帰国することになり、その役割がCAOに追加されることになりました。
 もともとCAOの専門はプロジェクトマネジメントであり、インドネシアでは建設担当役員を行っていたので至極当然のようにその役務が付加されました。
 COTO との詳細な引継ぎもなく、彼の仕事が付加され、CAO として多くの問題を抱えていましたが、ここで悩んでもと思い、自分が発揮しうる限りのエネルギー、すべての脳力、すべての努力をつぎ込み、挑戦してみようと思いました。
 仕事の内容は主にODA案件として進められている、電気通信の増設や更新であり、すでに日本の業者(商社)がメインコントラクターとしてプロジェクトマネジメントを行っていました。そのため、業者の管理が中心となり必要な都度会議に参加する程度であり、業務量的には問題ありませんでした。しかし、各業者の管理を行っている自社(SLT)の建設本部のマネジメントは業者に頼りきりのようであり、時が経つにつれ彼らの仕事のやり方や態度に多くの問題が分かってきて、今後を考えプロジェクトマネジメント教育が必要と感じるようになりました。
 実際、自社(SLT)のプロジェクトチームの編成といったものがなく、プロジェクトチームを形成することもなくすべてのマネジメントは業者任せのように思えました。
 多分COTO任せになっていたと思います。進捗の確認をしてもSLT 側も顧客として進捗管理もしていなく、スケジュール管理もすべて業者任せであった。
 プロジェクトは新規通信回線の増設、古い施設の更改、そしてコントロールルームの増設とそこに設置する新設備の設置とそれぞれ多岐にわたり、いくつにも分かれていました。
 その上、IT部門もコールセンターの構築や電気通信オペレーションシステムなどのプロジェクトも進めており、IT部門との調整も必要となっていました。
 当初の目論見から外れ、引継ぎもないまま、多くのプロジェクトに関係しなければならなくなり、当初は少し「なんで???」と首をかしげることばかりでした。
 そこで、建設本部長を頭にプロジェクトチームを形成し、プロジェクトリーダを決めさせ、各プロジェクトに対応させることとしました。
 先ず彼らに行わせたことは業者を呼んでのプロジェクトスケジュール確認、ともし準備がなければその作成(バーチャート)、そして進捗率が明確にわかるように簡易で分かりやすくバーチャートにその進捗を示す図を毎月の進捗会議で示すように指示しました。
 さらに、何を今までやって来ていたかのヒアリングを行い、いろいろと本部長や各リーダにプロジェクト遂行上のアドバイスをしていきました。

 このような事情を鑑み、建設本部やIT部門に対して、今後も新規のプロジェクトを進めることもあると思い、人事本部の教育部にプロジェクトマネジメントの教育プログラムの作成と社内の業務品質をしっかりさせるためQA部門の新設を行い、ISO 9001の普及の号令をかけました。
 なお、プロジェクトマネジメントの教科書としてはCAO がこれまで温めていた原稿を基にしたガイドブックを英語版として社内教育用として作成することにしました。

 今月号はここまでとします。

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