図書紹介
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オルタネート
(加藤シゲアキ著、(株)新潮社、2021年1月30日発行、第6刷、380ページ、1,650円+税)

デニマルさん : 6月号

今回紹介する本も色々と話題が多いが、ここでは著者の加藤シゲアキ氏にスポットを当てて話を進めたい。本書には「1987年生まれ、大阪府出身。青山学院大学法学部卒。NEWS のメンバーとして活動しながら、2012年1月に『ピンクとグレー』で作家デビュー。以降『閃光スクランブル』、『Burn.-バーン-』、『傘をもたない蟻たちは』、『チュベローズで待ってる(AGE22・AGE32)』 とヒット作を生み出し続け、2020年3月には初のエッセイ集『できることならスティードで』を刊行。アイドルと作家の両立が話題を呼んでいる。」と紹介されている。後期高齢者である筆者にはアイドル歌手が出版した小説で、幾つかの文学賞候補に取り上げられた程度の認識しか無かった。そこでアイドルグループNEWS等を含めて調べてみた。NEWSは、2003年結成のジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループで、2008年1月には初の東京ドーム単独公演を実施。現在は小山慶一郎、加藤シゲアキ、増田貴久、手越祐也の4人構成であるという。タレント事務所のジャニーズは、どこかで聞いたことがあるが、その影響度の大きさの判断が出来ない。しかし、東京ドームで単独公演が開催出来る集客力を考えると超一流の部類である。そのメンバーの一人が今回紹介の著者なのである。過去に作家デビューし、6冊の小説と1冊のエッセイ集を出版したとの記録である。そして、今回紹介の本が2020年直木賞の候補作となっている。2021年に本屋大賞にノミネートされ、同年3月に第42回吉川英治文学新人賞を受賞するに至っている。その受賞のメッセージで「初めて小説を書いたのは、2011年の2月から3月でした。あの頃、芸能活動が思い通りにいかず、それを他人のせいにばかりしており、そんな自分に嫌気が差して、なんでもいいから成し遂げなければと、小説を書き始めました。(途中略)あれから10年。本賞を頂いた『オルタネート』で読者に伝えたかったのは、ページをめくる手を止められないというような、読書の純粋な楽しさでした。つい自分のことばかり考えていた私が、遅ればせながらようやく読者に目を向けられるようになり、それが吉川英治文学新人賞に繋がったということ、今この意味を深く考えています。本賞はこれまで執筆活動を続けてきたことに対するエールと、退屈な小説を書くなという喝と受け取っています。受賞の時に頂いた拍手は私にとってのスターターピストルとなりました。ここからまた、走り続けていきたいと思います。」と語っていた。しかし、この熱意は本屋大賞には届かなかった。今年度の大賞受賞は、「52ヘルツのクジラたち」(町田そのこ著)であり、本書は8位であった。余談であるが、実は、筆者は本屋大賞にノミネートされた段階で、大賞受賞を期待して読んだ経緯がある。ここ数年、本屋大賞の受賞作品をここで取り上げている。それも数年前から大賞受賞を予測しての紹介もあったが、残念ながら今年も的中はしなかった。本書の概要は、後半で紹介したい。参考までに、先の直木賞は、「心(うら)淋し川」(西條奈加著)が受賞に輝いた。しかし、本書の評価は高かったが受賞を逃したけど、最終候補に残った実力ある本でもある。

オルタネートとは           ――SNSマッチング・アプリ――
前置きが長くなったが、本書を紹介したい。題名の「オルタネート」だが、ここではSNSマッチング・アプリの名前として使われている。詳しくはSNSから説明する必要がある。SNS(Social Networking Serviceの略)は、インターネットを通じて社会的な繋がりを作り出せるサービスで、登録されたメンバーが日記を公開したり、コメントをして情報交換や会話を楽しむ仕組みである。そこで知らない人同士や、知っていたけれど交流がなかった人とのコミュニケーションを楽しむことができる。更にマッチング・アプリ機能を使って、お互いに出会い・出会うレベルまで可能としたシステムである。この本では高校生に限定したシステムとし、マッチング機能の中にゲノムレベル(遺伝子レベルの相性を確認する)までチュックして相互の相性を照合出来るものとなっている。この小説でそこまで調べて交友関係を深めるのかと、筆者の杞憂に関係なく爽やかなストーリ展開となっている。そういえば、英語のオルタネート(alternate)には、(1)相互に起こる、(2)(電気が)交流する、(3)代わり者といった意味がある。若い著者は、純粋に「相互に起きる、電気の様に交流する」意味も含め、マッチング・アプリを上手く使う高校生のナマの姿を細かく描いた内容である。

円明学園高校とは            ――料理部、バンド仲間、学園祭――
本書の舞台は、東京の或る大学付属の一貫校である円明学園高校である。円明幼稚園から円明学園大学までの全ての施設が同じ敷地内ある学校である。近くに学園前駅があり、敷地内にパイプオルガンを備えた礼拝堂もある。ストーリィは、その学校に通う高校生が繰り広げる内容であるが、そのキーがオルタネートである。主人公である新見 蓉(いるる)は、3年生で料理部の部長で料理コンテストに2年連続で挑む。だが、過去にオルタネートでデマを流され現在は使っていない。そして1年生女子の伴 凪津(なづ)は母子家庭に育ち、オルタネートのゲノムサービスのマッチング・アプリにのめり込んでいる。もう一人の楤丘 尚志(たらおか・なおし)は大阪の高校を中退したが、かつてのバンド仲間を慕って上京する。彼が高校中退の時点でオルタネートの利用資格を失っている。そこで、彼らは文化祭のイベント(バンド演奏や料理コンペ)に向けて、夫々が部活や文化祭にエネルギーを傾けていく。

ワンポーションとは          ――全国高校生の料理コンペ――
この物語のもう一つの柱となっているのが、ワンポーションというネット番組がある。その番組で全国高校料理コンテストの中継が行われる。毎年甲子園で開催される全国高校野球選手権と同じ様な料理版なのである。その決勝戦の状況をネット中継して、コンテストを盛り上げると同時に、学校関係者が学校行事のイベントに利用している。物語では、円明学園高校の料理部が予選を勝ち抜き決勝に進出する。その決勝戦が文化祭で中継される。料理を時間内に作る過程での素材や工程上のトラブルとそのリカバリーを克明に緊迫感持ったテンポで迫る。本書のクライマックスを一気に読者を惹きつける迫力ある本に纏めている。

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