図書紹介
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論語と算盤
(渋沢栄一著、(株)KADOKAWA、2021年1月25日発行、第45刷、318ページ、760円+税)

デニマルさん : 5月号

今回紹介する本の話題性は、多面的で色々ある。先ず、何と言っても著者の歴史上の功績であるが、これは紙面の許す範囲で後述したい。次に、2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で著者が取り上げられたことが渋沢ブームのキッカケとなっている。余談であるが、タイトルの「青天を衝け」は、若き著者が藍玉を売る為に信州を旅した時に詠んだ漢詩(勢衝青天:青空をつきさす勢い)から取ったと言われている。もう一つの話題が、2024年に紙幣の図柄デザインが変更される予定である。具体的には、現在の一万円紙幣の福沢諭吉が渋沢栄一にデザイン変更される準備が進んでいる。こうした背景から著者の功績が改めて見直されて、評判となっている。そこで今回紹介する本も話題となり、増版に次ぐ増版である。この本が出版されたのは1916年(大正5年)で、100年以上も前のものである。然しながら、著書には時代を感じさせない新鮮さがあり、人として本来あるべき基本がキチンと綴られてある。この本を読む前に、改めて著者の偉大なる業績と経歴から、日本の近代史を辿ってみたい。著者である渋沢栄一は、1840年(天保11年)2月13日、現在の埼玉県深谷市血洗島に生まれた。家業の畑作、藍玉の製造・販売、養蚕を手伝う一方、幼い頃から父に学問の手解きを受け、従兄弟の尾高惇忠から本格的に「論語」などを学ぶ。「尊王攘夷」思想の影響を受け、郷里を離れ一橋慶喜に仕えることになる。栄一が27歳の時、15代将軍となった徳川慶喜の実弟・後の水戸藩主、徳川昭武に随行しパリの万国博覧会を見学するほか欧州諸国の実情を見聞した。明治維新となり欧州から帰国した栄一は、「商法会所」を静岡に設立、その後明治政府に招かれ大蔵省の一員として新しい国づくりに深く関わる。1873(明治6)年に大蔵省を退官した後は、実業家として活動。最初に第一国立銀行(現在のみずほ銀行)を設立(総監役から頭取)。第一国立銀行を拠点に、株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れた。また、「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500社の企業に関わっている。同時に教育機関・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力した。そして1931(昭和6)年11月11日、91歳の生涯を閉じた(渋沢栄一記念財団ホームページから抜粋)。以上の足跡から、著者は「日本の近代資本主義の父」とも称されている。先の500社以上の企業には、みずほ銀行、王子製紙、東京海上日動、帝国ホテル、サッポロビール、東洋紡、IHI、清水建設、いすゞ自動車、太平洋セメント、川崎重工業、第一三共、朝日生命など200社近くが現存している。その企業には「渋沢」の冠は付いていない。もう一つ、東京商法会議所(現・東京商工会議所)、東京証券取引所といった経済団体の設立・経営に関わり、同時に東京養育院等の福祉事業、東京慈恵会等の医療事業、一橋大学や東京経済大学等の実業教育、東京女学館等の女子教育、拓殖大学や二松学舎大学等の私学教育支援や、理化学研究所設立等の研究事業支援にも尽力されている。正に近代日本の産官学の基礎を築き上げている。その著者が書かれた本書は、ビジネスマンだけなく多く人に読んで貰いたい教科書でもある。

論語と算盤(その1)           ――渋沢栄一と論語――
著者の論語との出会いは、先の経歴にもある従兄弟からの教えにあった。しかし、幼い頃から父・市郎右衛門に学問の必要性を説かれていた。だから四書五経(大学、中庸、論語、孟子、易経、詩経、書経、春秋、礼記)だけでなく、「十八史略」「日本外史」等の勉強に励んだとある。その後、事業を拡大する過程で金儲け一辺倒に偏らないための規範として論語を基本と定め、全ての活動指針とした。本書は「処世と信条」から「立志と学問」「人格と修養」「実業と士道」「教育と情誼」等、人としての種々の側面からあるべき規範を書いている。中でも「論語は万人共通の実用教訓」の項で、論語をビジネス教訓の基本とした経緯が書かれてある。役所(現在の財務省)の退官時に、親しい友人から「卑しむべき金銭に目がくらみ、官僚をやめて商人になるとは見損なった」との言葉に、著者は「私は論語で一生を貫いてみせる。なぜ金銭を扱う仕事が卑しいのか。君のように金銭を卑しむようでは、国家は成り立たない」と反論したと書いている。以降、論語は著者の全ての規範となる。特に、「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」(二宮尊徳)の考えに共通している。

論語と算盤(その2)           ――渋沢栄一と算盤――
本書の表題「論語と算盤」は、一見何の関係かと理解し難い語句である。しかし、先の役人から実業家に転身した時の信念を貫く言葉として書いている。本文の「算盤と権利」の項にシッカリ書いている。「個人の富は、即ち国家の富である。個人が富まんと欲するに非ずして、如何でか国家の富を得べき、国家も富まし自己を栄達せんと欲すればこそ、人々が日夜勉励するのである」。その結果、貧富の差が生じても自然の成り行きである。然しながら、個人と国家の調和を図ることは、識者の覚悟が必要であるとしている。この件は「自分が常に事業の経営に任じては、その仕事が国家に必要であって、また道理に合するようして行きたいと心掛けてきた。」「国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで事に任じられる。ゆえに余は論語を持って商売上の「バイブル」となし、孔子の道以外には一歩も出まいと努めてきた」とある。企業活動には、論語の様な理念が不可欠であると説いている。

論語と算盤(その3)           ――渋沢栄一の合本主義――
著者の経歴にもある「道徳経済合一説」を説き、数々の企業を設立して近代日本の礎を築いた。だから「日本の近代資本主義の父」とも言われている。そして本書で述べている論語の倫理と利益の両立を掲げ、経済を発展させ、利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元することを実践した。この理念=論語、企業発展=算盤を、お金と心の豊かさは二者択一でなく一致させることが必要である。だから、合本主義と称されている。本書の最後に「道理とは、天にある太陽や月のように、いつも明るく輝いていて、決して曇ることはない。だから、道理と共に行動する者は必ず栄える」と締め括っている。本書は混迷する現在でも十分に役立つもので、一読をお勧めしたい。

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