図書紹介
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オードリー・タン(唐鳳) ――デジタルとAIの未来を語る――
(オードリー・タン著、(株)プレジデント社、2021年1月8日発行、第3刷、252ページ、1,800円+税)

デニマルさん : 4月号

今回紹介する本は、書名と著者名が同一であり、その名前の知名度は限定されていると思う。この本の副題からIT関連の本と想像できるが、何の内容かは分かりづらい。因みに、WEBで著者名を検索すると1.3百万のヒットである。一方、韓国の世界的なKポップスグループのBTS(防弾少年団)は6億62百万であり、菅総理で14百万のヒットであった。しかし、著者は、新型コロナウイルスの感染防止の活動側面から見ると、知る人ぞ知る著名な人である。それと、この本は「世界初の自書」とオビ文に宣伝されてあるが、3ヶ月で20時間以上に及ぶインタビューで出来上がったものとも書かれてある。本書にある略歴から著者を調べてみる。本名はオードリー・タン(台湾名、唐鳳)で、台湾デジタル担当政務委員(大臣)である。1981年に台湾・台北市にて新聞社勤務の両親のもとに生まれる。8歳から独学でプログラミングを学び、小学4年生で6年生の学習課程を修了。14歳で中学を自主退学。15歳でプログラマーとして仕事をはじめ、16歳で台湾のIT企業の共同経営者となり、19歳にしてシリコンバレーで起業。24歳でプログラミング言語PERl6の開発に貢献。27歳でシリコンバレーのSocialtext社創業メンバーとなり、33歳で同社を売却して、ビジネス界から引退。その後、Apple社で人工知能のプロジェクトに加わる。35歳という史上最年少の若さで台湾・蔡英文政権のデジタル担当政務委員(大臣)に就任。アメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』のグローバル思想家100人に選出されている。現在でも自由な発想で台湾のデジタル化に尽力していると紹介されてある。著者は学校過程でイジメにあって自主退学し、独学でIT分野の勉強をしてエキスパートとなっている。その独学の心の支えとなった日本の書籍があったという。それが「窓ぎわのトットちゃん」(黒柳徹子著、1981年出版)で、問題児扱いのトットちゃんを子供の個性として教育した点に共鳴したと書いてある。元々知能指数も高く頭脳明晰な著者は、めきめきと頭角を現して、ITのエキスパートから経営者となった。もう一つ、著者がトランスジェンダーであると告白した件に触れて置きたい。この本では余り書かれていないが、取材インタビューで「性別による制限は、様々な人々が抱える問題を解決できません」と、社会にある様々な壁を取り払う考えが仕事にも通じると語っている。そして、2020年の新型コロナウイルスによるパンデミック対応で、台湾での独自の感染防止の封じ込め策成功に貢献している。著者は、初期段階でマスクマップのシステム構築で世界の注目を集めた。そのシステムは、地図アプリの公開と市井プログラマーの協力で基盤システムを確立し、行政がマスクの流通と在庫データを提供したという。その結果、誰もがいつでも、どこでもリアルタイムでマスクが購入出来る仕組みを作った。このベースは「政府と国民との信頼関係があったから実現した」と著者は書いている。

AIの新しい社会            ――より良い人間社会のため――
著者は、先にApple社でAIプロジェクトに参加したとある。それがSIRI(Speech Interpretation and Recognition Interface:発話解析・認識インターフェース)であり、AIのアシスタントツールである。人類史上最大の人工知能研究プロジェクトと言われ、人間が話す自然言語を理解し知識として覚える事が出来る人工知能(AI)である。このAIの判断基準となる「AI推論」の処理プロセスがシステムの根幹であり、その問題解決に「交換モデルX」の実現が重大なキーとなる。人間が行う交換モデルには4つのパターンが想定される。①互酬(贈与と返礼)、②再配分(略取と再配分)、③商品交換(貨幣と商品)、④X交換と大別される。これらの相互交換のロジック(AI推論)は、有償・無償の価値判断であり、それ以外の思想や信頼関係を含む定量化しづらいXファクターで決まると指摘。この考え方は、柄谷行人氏(哲学者、文芸批評家)の“トランスクリティーク”の考え方に影響を受けたという。著者は、「交換モデルX」がAI処理に実現できれば、資源をめぐる争いもなくなる可能性がある。その先に「公共の利益」を核とした資本に縛られない社会が見えてくる。デジタル空間は「未来のあらゆる可能性を考える実験場所である」とも書いている。

ソーシャル・イノベーション       ――社会改革の実現のため――
著者は、デジタル担当政務委員として色々な問題に対処しているが、「ハッカソン」による取り組みを紹介している。このハッカソンは、著者独自のものではなく、2000年代にIT関係者の開発総称として使われていた。ソフトウェアの技術革新や開発力の向上等の手法として普及している。ある限られた期間に集中して開発するのに、資源をどこに集中するかがポイントである。そこで著者は、人間社会を良くする補助的知能としてAIを使うと位置付けている。更に、新しく開発されたシステムは、誰でも使えて便利なものである必要がある。若者だけでなく高齢者も含めて広く使われるための方策も重要である。それを三つのキーワード「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」に纏めた。特に、「インクルージョン」(日本の寛容の精神に値する考え方)に重きを置いている。この精神的な寛容さが、人との協調や互助や発展に繋がると書いている。社会の発展や革新の伴う変化に対して、自分はどうあるべきかを含めて一緒に進んでいくこと。「みんなのことを、みんなで助け合う」考えをAIに組み込めれば、人間らしい社会改革が実現可能であると纏めている。

日本へのメッセージ           ――日本と台湾の未来のため――
この本は、日本の雑誌社のインタビューから出来上がった。その関係から日本へのメッセージが書かれてある。日本がデジタル化に成功する鍵は、デジタルネイテブ世代が握っていると指摘する。若者たちがより積極的に社会参加して、誰もが暮らしやすい社会を目指すことを期待し、台湾の若者と一緒に行動したいと呼び掛けている。それを政府が、社会が、学校が、老人が、若者が如何に具体的に行動するかが大きな課題である。筆者は、こうした問題意識を持つ人や、若い人材を育成する場の必要性とAI技術の活用が望まれると痛感した。

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