PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (127) (事例 民営化事業)

向後 忠明 [プロフィール] :5月号

 労働組合問題が会社の経営に大きく影響をすることも考え、前月号では何とかこの問題の解決の糸口を見つけようと毎日考えていました。
 そのような時に日本の柔道や空手といった日本の文化的スポーツにスリランカ人も興味を持っていることを知りました。
 そこで、空手をこの組合問題解決に紐つけようと思い、一人の空手有段者である従業員(Nさん)に組合関係者を連れてくるように依頼したところまでの話をしました。

 一週間ほどすると彼は管理職組合長を始め各組合の主だった人達を連れてCAOの部屋に来ました。そこで、Nさんに組合長たちにここへ来るまでどのような話をしたか聞いたところ、彼らはかなり空手に興味を持っているということでした。
 その話を聞いてCAOは、これからNさんが君たちの指導員になるが問題ないかと組合の人達に問いました。なぜなら、スリランカではどこの組織でも職位は絶対的であり、管理職でもない一般職員であるNさんが指導員になることに不満がないかを心配しました。しかし、空手の世界の職位は会社の職位とは無縁であることを連れてきた人達は理解していたので特に反論はなかったようでした。このような話をしたのちCAOとしてこの活動には最大限の支援はするという約束をしました。

 その後も、事あるごとに人事改革の一番大事な一般職員の管理職への道の話をことあるごとにしましたが、相変わらず管理職組合の反対に会いなかなかうまくいきませんでした。

 ここで少し、スリランカの身分制について話をします。
 スリランカはインド文化圏であることからカースト制がまだ残っていると思ったが、現在ではその拘束力は余りないようです。しかし、姓名の中にはまだ所属カーストが残っているので「どこの誰」というのがすぐわかってしまうとのことでした。しかし、今ではそれもあまり気にしないようです。

 それでも、社会の上下関係が学歴によって決まってしまうという社会制度が確立されていて、エンジニアー、ドクター、会計士、ロイヤーの資格を持てば男女問わず、初めから管理職として給与も高く個室を与えられます。
 しかし、大学卒でも上記以外の出身者は管理職への登用が同期であっても若干難しいようでした。
 官庁でも、大企業でもそれぞれの職種・職階レベルごとに採用され、生涯を通して同じ職種・職階から他への移動ができないといったようにその人の社会身分となります。
 しかし、それでみんなが満足していることではなく全員フラストレーションの塊となっています。
 このことは会社としても従業員のやる気喪失につながると思い、何とかしなければと考え、この習慣を取り除くため何とか組合、特に管理職組合の協力を期待し、空手部の創設にその岐路を見つけようとしました。
 この計画はこれまでのスリランカの社会的慣習を変えるような動きであり。CAOとしての当面の挑戦として取り組んでみようとしました。

 その後、空手部の創設をCAOとして宣言し、従業員のNさんを指導員として指名し、本社の空き部屋を開放し、空手道場を作り部員の募集を行いました。

 道場に体操着に着替えてCAOの部屋にNさんと一緒に来た人達は管理職組合の部長クラス3名と他の組合の組長とその関係者3名程でした。
 少し少ないと思いましたが、CAOも空手着に着替え一緒になって2時間ほど練習し、汗をかきました。その後に食堂に行きビールを飲みながら歓談しました。
 その場を利用し日本の武道、例えば柔道、剣道、そして空手には階級があり、その階級は定期的な審査により決められ、その分野において空手における階級は絶対的なものであることを説明しました。企業内の地位に関係なく、上位者には礼儀をもって従わなければならないものである旨を説明しました。
 例えば、空手の場合は白帯、緑帯、茶帯そして黒帯となり、黒帯の場合は段位レベルによって初段、2段、3段・・・・となります。
 因みに、Nさんは2段でありCAOも2段です。
 その後は前月号でJICAの柔道家との話も伝え、例え指導員のNさんが管理職でもないが「明日から定期的に練習を開始するので一所懸命練習し黒帯になることを期待します」と言って別れました。
 その後も、このようなことを機会があるごとに行いました。

 それから1か月もたたないうちに部員も膨れ上がり、指導員のNさんから道場が狭くなったので新しい道場を作りたいとの話があり、調査させたところ本社ビルの8階に幾つかの空き部屋があり、壁を取り払い200㎡程度の部屋を日本にある道場と同じような場を作りました。
 それから1年程するとかなり多くの部員が練習するようになり、その練習の具合を見学すると、指導員のNさんも自分より上司の人にも遠慮なく腹筋で腹の上に乗ったり、叱咤激励の意味で尻をけったりしていました。
 部員たちも当初話をした、空手の礼儀の倫理・道徳規範及び価値基準の根本に従った行動を取っているようでした。

 また、この間にも多くの問題が発生し、特に従業員の不正問題がクローズアップしてきました。例えば
 -背任/横領
 -業務放棄
 -残業時間内での飲酒
 -賄賂の要求/詐欺
 -テロリストへの協力
 -資機材調達の不正
 等々規律の乱れが激しく、CAOのこれまでの調査ではこの種の事象があちらこちらに内在していることが見られるようになり、実際に事件化することも出てきました。
 そこで、人事施策としては教育訓練の中にモラルや意識改革を考えたカリキュラムとして、まずは業務の見える化を目指してISO 9001の導入をすることを考え、新たに品質保証部を設置し、社内業務改革に取り掛かりました。
 一方の従業員の不正に関しては懲戒処分の厳格化を行い、懲戒処分コミティーを秘密裏に立ち上げました。
 メンバーはCEO、CAO、人事統括部長、CIA(Chief Investigation Auditor)そして外部弁護士から構成され毎週この会議を開催することにしました。
 CIAは数人のグループから構成され社内の各種不正にかかわる問題を深く調査し、その結果を懲戒処分コミティーに報告する義務を持たせました。
 上記のような社内業務改革、懲戒処分コミティーの動きは空手部における部員に対する教育も同じ人事改革の一環であり、この3つの動きが今後のこの会社の民営化成功の基盤と考え、CAOは全力投入することにしました。

   さて、空手部の方は1年半ぐらいになると空手着もそろい、茶帯の人も出てきました。さすがに部長クラスの人は負けん気もあり、早く茶帯になる人が多いようでした。
 そして、いよいよ問題となっていたマネージメント側として最も重要な組合連合との労使交渉の時が来ました。
 今回は給料のベースアップや懲戒処分コミティーの設立そして人事施策等々の話もあったが、懸案となっている一般従業員の管理職登用の件等に重点を置きました。

 さて、いよいよ労使交渉の日になり、我々マネージメント側のCEO、CAO 、そして人事統括部長、財務部長、建設本部長等が席に着き、組合幹部が入室するのを待っていました。
 そして、管理職組合の組合長(空手部員)が空手独特の挨拶(押忍)をしながら部屋に入ってきました。その後、同じような挨拶を他の組合幹部もしながら入室してきました。
 殆どの組合幹部は空手部に所属していてCAOの知っている人達であり、この時空手での教えがかなり浸透していると思いました。
 話し合いはいつもであればかなり激しい口調でのやり取りであったが、この時は、これまでと異なった雰囲気で、かなり温和に話し合いが進みました。
 CAOとしては、以前からかなり気にしていた一般従業員の管理職への登用の話も管理職組合長と事前に根回をして置いたこともあり、ほとんど反対意見もなく、了承してくれました。
 これも空手部員には上下関係は実力によるものであり、努力によって勝ち取るもので学歴や血縁は関係ないといったことを教訓として伝えていたことが今回の交渉結果になったと思います。

 この結果はスリランカにおける企業としては画期的なものとなりました。

 その後は人事に関するCAOのワークロードは軽くなり、空手部のことも指導員のNさんと新しく外部から来た黒帯の人に任せることにし、社内の不正問題に注力することにしました。

 ところが、これまでの労務問題の悩みや仕事の疲れもあったことが原因で体に変調をきたし、40℃以上の熱がでて、ベッドから立ち上がれないような状態になってしまいました。
 N社の社員に連絡して病院に連れて行ってもらったところ、デング熱ということですぐに入院となりました。
 今では日本でもデング熱は蚊を媒体とした病気として認知されているが、この当時の日本ではだれも知らない病気でした。
 CAOはインドネシアにいた時に一緒に働いていたN社の社員がデング熱にかかり長く入院していたことを記憶していたのでCAO自身も入院期間が長くなることと考えていました。
 折角、これからというときの病気でしたが、下手をすると死ぬ場合もあると脅かされ、血清を使った点滴を腕にベッドで1週間ほどの入院ということになりました。
 しかし、入院中でも頭に仕事のことが離れず、ゆっくり休むこともできず、会社からくる決済や報告が来るのでその対応をしたりしていました。

 インドネシアの会社で役員をしていた時も大病をして、日本に一時帰国し入院していた時もインドネシアから長いファックスが自宅にやって来ました。このような状態でも夫人がファックスを病院にもってきて、その都度返信していたことを思いだしました。
 プロジェクトにおいても企業のマネージメントも業務遂行中には休みはなく、場合によっては夜も眠れない日々が続くこともよくあります。
 このように、ある集団の長になればなるほど大変なものであり、やはり健康や体力といったものが重要であり、常に健康には注意しなければいけないと思います。

 さて不正問題については、退院してからということでこの話の続きは来月とします。

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