PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (126) (事例 民営化事業)

向後 忠明 [プロフィール] :4月号

 前月号ではこの会社(SLT)の調査とその問題について調査分析し、CAOとして最初に是正していかなければならない課題について話をしてきました。

 ここに示される課題は殆どPMAJ会員にはなじみのないものと思われるが、このような業務系の仕事においてもプログラムマネジメントに従った思考は十分利用できることがわかります。
 すなわち、全く経験のない仕事でも、リーダとして取り掛かる姿勢としては、まず自分に与えられた職務は「何か?」そして、そのために「何をしなければならないか?」、また「何をどのようにしなければならないのか?」を自問自答して、右脳を働かせ、自分なりの考えや構想、そして自分を取り巻く環境や境遇を理解し、具体的な行動に移さなければなりません。
 その具体的行動とは関係者の意見聴取又はブレーンストーミングを通して情報収集を行い、事案を取り巻く環境を把握し、なすべきことの優先順位と重点項目を整理し、問題点を抽出していくことが必要です。
 なお、抽出された項目に含まれる問題の解決に当たって内在するリスクがある場合、挙げられた問題(課題)を自分または自分の組織の強みや弱みを分析し、負うべきリスクの軽重を図り、行動計画を立てる必要があります。

 前月号で挙げた課題も上記に示す手順を踏んで項目を挙げてきたが、この課題をどのように処理していくかが問題です。
 この処理についてもまた上記に述べたような思考手順を再度踏んで、行動を起こすことも必要です。
 その時になるとそれぞれの専門技術またはその業務に即した能力を持つ人達の助けが必要となります。
 そのためには個々の課題処理に対応するために必要な人材を用意しなければなりません。このことは冒頭に示した「自分または自分の組織の強みや弱みを見て分析」の時点で「どのような人材やツール」が必要かなどの目途をつけておく必要があります。
 このような準備をしたのちに実際に課題処理にかかわる手順に従って準備作業をする必要があります。
 このように、これまで述べてきた思考手順は全く新しい技術や異なる分野のプロジェクトを進めるうえで重要なステップと考えられます。

 筆者は常にこのような思考に基づき仕事をしてきました。特に、この思考は昨今の社会情勢、技術変化そして他の分野に対応してプロジェクトを進めるために必要であり、その基本となる要素が左脳(スキル:経験+知識)と右脳(感性、気づき、構想力)と思っています。
 筆者の経験では重要なことは、難しい書物に示されている理論や分析手法ではなく、その人個人の思考回路が直面する「場」を肌で感じて「何をどうしたら良いか?そのためには何をしたら良いか?」を自問自答から始める癖を持つことだと思います。
 そして、一人で考えず経験ある人や書物から関連技術または業務に必要な知識を吸収していくことが必要となります。

 そこで、前回では「何が問題か?」のイメージは情報や職員とのブレーンストーミングで課題を挙げることができているが、今回対象の課題については、これを実際に行動に移すには「具体的にどうするか?」その、計画や手段を考えていくことである。

 前月号では「何が問題か?」として、第一に人事評価と昇格基準を挙げてきましたが、熟考すると、この課題は分けて考えることはできません。
 このように、課題が重複する場合は、関連性を考慮してその解決に当たるということも必要です。

 すなわち、昇格は人事評価で決まることはだれしもが分かっていることであり、人事評価と昇格基準とは同じ仕組みの中で考えることも当たり前ことです。
 しかし、この会社の場合、人事評価での一番の問題はこれまでの公務員にかかわる人事制度の仕組みが民間のものとは違っていることでした。

 すなわち、人事評価時でのスリランカ政府の横やりや公務員時代の上下関係、そして各段階の上長の評価が絶対的であるため「物言わぬが花」が評価に大きく影響することである。
 なまじ自分の主張を言いすぎたり、仕事をやりすぎたりすると越権行為をとがめられたり昇格に影響することが多いようでした。
 特に昇格問題で一番気になることは学歴があります。

 先ず、人事評価の原則として、管理職の最終評価では初期評価は第3者評価者として人事部のプロジェクトチームが一次評価を行い、一次評価の結果を見ながらCAOとCEO を入れ面談による最終評価とすることにしました。
 これにより政府筋からの横やりもなくなり、また被評価者の評価に対する不満やその業績も上長の評価と相反するものがないかを見るようにしました。
 しかし。一般社員は相変わらず業績的にも問題ないにもかかわらず管理職への道は遠いようでした。
 この原因は学歴による昇格基準であり、これを崩すことは管理職のステータスを著しく傷つけるような印象を持ち、この件はどうしてもクリアーできませんでした。

 なお、CEOおよびCAOの評価面接は一般社員に行うことは難しいので、この部分は一般社員を評価するその上長に任せることとしました。
 ただし、CEO およびCAO の面接は恒常的なものではなく、2年間を限度とし、その間に人事に関する問題の発掘を行い、昇格制度を含め人事制度の是正をどうするかを考えることにしました。
 このようなことを2年ほど続け、ある程度評価制度も定着してきましたが、やはり一般職員と管理職の間の壁が、数の上でも絶対的に多い一般職員の不満は解消されませんでした。
 一般職から管理職への登用の制度改革を行うことを管理職組合とも話をしていきました。
 しかし、管理職組合はこの登用制度は公務員時代に決められたものであること、その既得権益を外すことに徹底的な抵抗を示しました。
 しかし、それでもこの制度の解消を行わないと実際働いている一般従業員のモチベーションも上げることができないことを理由に何度も組合と話し合いをしました。
 このことを考えるとこの人事問題は結局組合対策に行きつくことになり、次の課題解決の問題として持ち上がりました。

 この会社(SLT)は前月号で述べたように管理職を含む各職場単位で32の組合からなる連合組合を形成しています。
 特に、管理職登用の件は管理職組合以外の組合は大いに乗り気であったが、管理職組合の反対でいつもこの問題は解決できないでいました。
 やはり組合連合の中でもSLT組織や制度変更にかかわる問題、その他ボーナスや賃金に関する問題も常に管理職組合主導の形となり、Kさんがこの会社に赴任した時もストライキをやっていました。

 このようなことが年中行事になっていたようであり、この組合問題については人事制度改革当初の計画段階でも問題となっていました。
 Kさんが来る前は、組合をなだめたりすかしたり、日本から全電通の組合員をスリランカに呼んで、N社の組合は「このように経営者とうまくやっている等」のことなどを連合組合に話をしたそうです。
 これがかえって、組合に火をつけることになってしまったようです。
 すなわち全電通の人達の話ではN社の経営層と組合は良い関係にあり、「組合としては満足のいくものになって、結局は社員も会社のために不満もなく勤めている。そのため業績も上がり給料も満足したものになっている」という話のようでした。
 そのN社の給料の話が、SLT とN社のあらゆる面での処遇の差を知ることになり、これがさらに従業員の不満に火をつけることとなり、組合交渉はいつもうまくいかないようになっていたようです。その結果、Kさんが赴任していた時のCEO とCFO の雪隠詰め事件でした。
 CAOとしては赴任当時から組合問題は気にしていましたが、まずは従業員の不満の源泉が人事制度にあると思い、人事に関する件を先に手がけるようにしました。
 しかし、人事評価時での職員からの話を聞くと「何かどこかが職員とマネージメント側に壁があるように思えてなりませんでした。
 何とかマネージメント側は職員との関係を良好な状態に持っていこうと32組合からなる組合連合の各組合の集会に必ず出るようにし、組合の理解を得るように努力しました。しかし、それでもマネージメントに対する不信感はぬぐえない状態でした。
 このように組合とのギャップをKさんはどのようにしたら解消できるか頭を悩ませていました。

 そのような時にCAOの部屋に男性秘書が「CAOが空手をやっていたという話を聞いて、職員の一人がCAO と話をしたい」と面会を求めてきたとのことでした。話を聞いたところその人は日本で空手を学んできていて黒帯を持っているとのことでした。そして、彼からいろいろと空手の話を聞いて、君は「何をどうしたいのか?」と尋ねました。
 その時、彼は黒帯の段位を持っているので「ぜひSLT 職員に空手を教えたいので空手部を会社に創設したい」と要求してきました。
 彼と話をしているうちにスリランカ人のスポーツと言えばクリケットが有名であるが、狭い場所でできるスポーツが見当たらないことを知りました。
 似たようなスポーツの柔道はすでにJICAの協力で日本の指導者を呼んでスリランカでは行われているが、空手はまだスリランカではマイナーなものでした。
 彼が帰った後、JICAの柔道指導者に会って日本の柔道や空手といった日本の文化的スポーツのスリランカ人の意識に対する考え方などを聞きました。その人は「最初は言葉の壁もあったが、一度習っていろいろな技を覚え、小さくても大きな人を投げたりして、徐々に面白さを感じてきたようです。同時に強者の心理や上下階級(帯の色別)による礼儀の倫理・道徳規範及び価値基準の根本などについて教えたということでした。
 このように、体系化された思想を重視する柔道はスリランカ人にも受け入れられそれなりの効果があったようでした。
 この話を聞き、CAOは何か気づいたことがあり、早速前回来たスリランカ人の空手マンをCAOの部屋に来るようにと秘書に依頼しました。

 彼が来た時、JICAで聞いた話をし、君は「技術だけでなくいわゆる日本の空手道規範も指導もできるか?」と質問したところ、「日本での空手教育でJICAの指導員と同じようなこと指導をされました」と言ってくれました。
 そこで空手をこの組合問題に紐つけようと思い、彼に「もしこの会社で空手を教えたいなら、組合連合の管理職組合とその他の各組合の組合長を4または5人程度を本件についての趣旨を彼らに説明し、Kさんのところに連れてくるように要求しました。
 そして、彼は喜んでCAOの部屋を出ていきました。

 この話の続きは次月号とします。

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