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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (29)
―PMAJでの付き合いでJAXAはPMP®取得へ―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :4月号

○ 渡辺貢成氏と知り合ってPMAJと付き合う
 PMAJの元事務局長であった渡辺貢成さん(1) とは、国際宇宙ステーション運用を担当する会社の役員として日揮より着任されて以来、仕事上でお付き合いしていましたが、私がJAXAからその会社に出向することになり、2年間密なお付き合いさせてもらうことになりました。渡辺さんは、当時、ケミカル・エンジニアリング誌に連載している「実践エンジニアリング料理講座」や「プロジェクトマネジャー自在氏の経験則」の原稿を毎回私にくださったので、紙が擦り切れるまで読みました。世の中の表裏や人の心の内面などをわきまえた苦労人の文章は、仕事で生かせる多くのヒントがちりばめられていました。また、渡辺さんは時たま私の席に立ち寄り、社会の雰囲気や時代の動きに関する旬な話題をお話しするので、話を聞くのが楽しみになりました。
 1995年に、私はJAXAに戻り「きぼう」開発プロジェクトに配属されました。その後、サブプロジェクトマネジャーを拝命し、70人くらいのチームを率いる役目になっていきました。開発は佳境を迎えており課題山積で日々忙しく国内企業やNASAと協議を重ね、国内外で沢山の試験をこなしていました。この不確実で先行きどうなるかわからない情勢の中で壮大な国家プロジェクトをどういう体制と段取りですすめていけばいいのか、全体像が描けずプロマネと相談しながら意思決定の仕組みの構築、体制変更や人員補強などを試行錯誤しながらやっていました。本や雑誌からリーダーシップや業務の展開などの情報をノートに書きその中から使えそうなものを取り入れて実行に移していたのですが、暗中模索の中、毎日沢山の課題に悩まされていたころでした。そのような折の2000年10月に、渡辺さんから突然電話があり、「一日自分の公開講座でPMの講義を聞かないか? 長谷川さんの仕事に役立つよ。講座の受付係をしてくれれば無料でいいからおいでよ。」とお誘いがありました。JPMFの初代事務局長になっていた渡辺さんでした。もちろん喜んで西新橋にあったビルの会議室に行きました。

 講義資料は、渡辺さんが体験を含めた「プロジェクト・マネジャーの問題解決能力向上」などと題したもので分かりやすいものでした。もやもやしていたものがPMBOK®という考え方で整理されていること、プラントやIT、米国の国防総省でプロジェクトの失敗を成功に導いていると知り、事業の進め方、リスクマネジメントなど「きぼう」開発と運用プロジェクトを推進するに必要なロードマップが見えるような気がしてきました。自分のプロジェクトと照らし合わせながら講義を聞いてメモっていたのですが、話が非常に新鮮に聞こえ、急に雲の上にでて眺めがよくなってきた高揚感に浸されはじめたのを覚えています。帰宅後、夜遅くまで講義で配布されたJPMFジャーナルの特集号の「田中弘氏のPMBOK®の背景と特徴」(下図参照)や「寺脇洋介氏のPMP®(Project Management Professional)資格とは」など、何回も繰り返して読みました。もっともっとPMBOK®を知りたくなり、「田中弘氏のPMBOK(R)の背景と特徴」PMI®の「プロジェクトマネジメント知識体系ガイド2000年版」を購入しました。すぐに自分のプロジェクト運営の体制構築やリスク管理の仕組みに応用していきました。その後、さらに渡辺さんから「PMシンポジウムのCFPに応募して宇宙開発のPMを発表したらどうか?」とのお誘いがあり、2005年ころから毎年シンポジウムで有人宇宙開発のやり方を発表させていただくようになりました。PMシンポジウムのお付き合いの中から、古園豊さんや清水基夫さん、西尾和則さん達と知り合うようになっていきました。

○ 衛星、ロケットの失敗からJAXAプロジェクトマネジメント強化へ
 2003年10月、地球観測衛星「みどりⅡ」異常発生で運用停止、同年11月、H-IIAロケット6号機打ち上げ失敗、同年12月、火星探査機「のぞみ」運用トラブルで失敗などが続けて起きました。種子島から打ち上げられたH-IIAロケット6号機は、固体補助ロケット分離信号が送出されたが、2本の内1本が分離せず、ロケットと搭載していた衛星は太平洋に落下しました。原因は、固体補助ロケットのノズルの一部が高熱に弱く、分離用導爆線を焼損したためでした。リスクへの感度が弱く適格な処置がとれなかったためです。また、地球観測衛星「みどりⅡ」は、予定していた観測データ受信できないので、緊急に外国通信局に受信要請したところ、衛星が非常時のモードになっていたことが分かりました。しかし一時間後に衛星との通信が途絶えました。原因は、熱やフレア放電などによる太陽電池パネルの配線で高温側の設計にマージンが不足、さらに接地が十分でないため、帯電や放電により電力低下に発展したものでした。そもそも潜在的な単一故障点があるのに、チーム員が気が付いていないなどの信頼性意識が低いことも重なったのです。政府の宇宙開発委員会で厳重な調査が行われた結果、技術力だけでなく技術判断の弱さを見抜けなかった組織の力が弱いことが判明しました。そして、「人材育成と信頼性品質活動を含めたプロジェクトマネジメントの強化」と「システムエンジニアリング手法の改善」が組織的に行われるようになりました。3つの宇宙航空関係機関が統合されJAXAになったのも組織改善の一環であったようです。

○ JAXAプロマネになる方はPMP®がいる
 JAXAの組織力強化と技術力強化の改善で、課題になったのは、プロジェクトチームに配属するプロマネとプロジェクトエンジニアはどういう能力で選ぶのか、彼らのキャリアパスはどこで規定されているか、などでした。その当時、JAXAは、プロジェクト運営に必要な技術力や運営力があるかどうかの国際スタンダードでの評価基準がありませんでしたので、上司が候補者を日常業務で評価しながらその地位に必要な能力が備わったかどうかで判断してきました。そのため、体制、コミュニケーションやインテグレーションの議論をしていて 各人が自分の定義で話すので話がかみ合わないことがしばしばありました。改善検討チームが、「何らかの客観的な資格認定のようなものがないか?」 と模索していて、JAXAのマネジャークラスに提案を求めていました。私は、渡辺さんとの付き合いでPMP®を知っていたので、PMP®をとらせることを提案しました。
 提案は、採択され、プロジェクトチームに配属されるプロマネとプロジェクトエンジニアになる方には、PMP®をとらせることになりました。候補者は、PMP®取得のため外部の会社のPM研修を受けることになりました。また、チーフエンジニアリング室を設置し、プロジェクトの総合技術チェックやPM/SEのレベルアップのため、プロジェクトのL&LやPM/SEのガイドブック (2) をまとめて職員に周知、NASAや欧州宇宙機関と連携してPMの国際講座への職員を派遣する業務を行うことになりました。「きぼう」日本実験棟やISS無人輸送機HTV「こうのとり」、小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクトメンバーもPMP®をとっています。一方NASAは業務を行いながらPMを身に着けさせるようにしていて、PMP®の資格を持っている方は少ないです。「きぼう」開発で長く付き合った日本担当マネジャーのラルフ・グラウ氏は名刺にPMP®を印刷している珍しいマネジャーでした。
 ちなみに、システムエンジニアリングの強化は、INCOSE(The International Council on Systems Engineering)を導入しています。(3)

参考文献
(1) PMの先輩(メンター)のプロフィール (pmaj.or.jp)
(2) JAXA,「システムズエンジニアリングの基本的な考え方」
(3)  リンクはこちら

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