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「きぼう」日本実験棟開発を振り返って (28)
―ISSで付き合って分かったアメリカ文化―

宇宙航空研究開発機構客員/PMマイスター 長谷川 義幸 [プロフィール] :3月号

今回は軽い話題を紹介します。NASAとの付き合いでの経験談です。

○ E-mail
図1 ソユーズ宇宙船の地球帰還経路 1990年代前半、PCと電子メール(以下メール)が日本の中に普及し始めた頃、JAXAではISS参加の影響を受け有人宇宙本部が社内の先頭を走っていました。パソコンは一人一台配布されメールをNASAや欧州宇宙機関などのISSパートナーとのやり取りのため頻繁に利用するようになりました。当初のメールは、PCを利用した1200bpsのモデムでパケット網を利用していました。メールアドレスは、グループに一つで、庶務の方が、毎朝メールを受信し、コピーをグループに配布するのが日常でした。これでは、仕事にならないので、本部の職員には全員個別のメールアドレスが配布されることになりました。(1) NASA関係者との連絡をするのに、電話だと日中は会議や打ち合わせに出掛けているので担当者をつかまえられません。メールだとオフィースに戻ったときに、チェックするのがアメリカ人の習慣となっていたようで、返事がもらえるようになりました。日本との時差もメールだとお互いの都合でコミュニケーションができるので、確実な連絡手段となりました。1996年頃からBlackberry という携帯情報端末が発売されたため、NASA職員が持つようになり、自宅でも仕事のメールをチェックしている方は、夕食後から就寝前に返事をくれます。助かりました。アメリカ人は、言葉を使ってのコミュニケーションを重要視します。メールのやり取りしているうちに、文章の書き方のポイントが分かってきました。彼らは、しばしば日本人について「面と向かってぶつからない。明確なロジックで支えられる結論が提供できていない。」と不満を漏らしていた件がありました。最初はどうすればいいか分かりませんでしたが、彼らの仲間とのメールのやりとりをみていく内に解決策がわかってきました。
  • 最初に結論を述べ、筋の通った論法とエビデンスで筋道を明らかにする。
  • 意見を求め協力して解決していく姿勢をみせていく。
  • 日本人は攻撃的になって個人攻撃になる場合があるので、課題から個人を切り離す方法をとる。
などをプロジェクトのメンバーと共有して改善していきました。NASAとの関係が深まるにつれて、次第にNASA内部の重要なメールのやり取りのグループアドレスに、「きぼう」開発担当を加えるようになってきました。このため、NASA幹部からISSのプロジェクトへあてた方針や段取りを示した情報を入手できるようになったばかりか、NASA内部のJAXAへの対応の考え方や具体案などを事前に見ることができるようになってきました。NASAは、ISSの国際チーム作りのためにメールを大いに利用するばかりか、NASAの職員交流のイベントにJAXAを招待したり、NASA幹部も参加してISSプロジェクトを何とか一枚岩のチームフォーメーションにすべく思考錯誤しているようでした。

○ アメリカ人も仲良くなるとサポーターになる
 アメリカ文化では、相手の態度や言葉の反応をみながらコミュニケーションをします。そのため「状況にそぐわないフレンドリーな態度や表現をする、明確なロジックによっての議論が提供できていない、一方通行の話し方、相手のいうことを聞いていない、思ったことを最後まで言わずに聞き手に察してもらおうとする」などの態度や言葉使いを嫌います。直接会って(Face-to-Face: NASAはf-t-fと略していた)で望む反応がないと不愉快になり否定的な評価になったりします。
 しかし、メールがNASA内でも急速に普及し始めたため、f-t-fでの会話、と電話とを使い分けるようにしていきました。彼らは、メール では態度や反応がよく分からないので慎重な言葉使いと丁寧な説明が必要になります。文章はpositiveになります。たとえば、I don`t think it is true. I don`t disagree that・・・・ のような文章をよく書いてきます。(2)
 我々は、f-t-fの打ち合わせでも、論理的な会話に慣れていないため言葉不足になりますので、ジェスチャー、顔の表情、態度でなんとかカバーするのですがメールではそれができないので当初は、苦労しました。
 メールでやり取りしているうちに、NASA側に日本側の気持ちを理解してくれる方が何人かでてきて、事前に資料やこちらの考え方をインプットしておくと、相手がこちらの言いたいことを理解して、「こんなことを主張したいんだろう。この内容で正しいか?」と確認を求めてくるようになりました。 会議では、「JAXAが言いたいことはこうなんだと思う。」と議論の途中でサポートしてくれる側になってくれて会議がうまくいくようになってきたものです。ISSを成功させることが目標であるので、常に同じ目標に向かっている仲間意識で調整をするのが大事だと感じました。

○ ベトナム人がNASA職員
 NASAでは、ベトナムの大学を卒業した後、米国の大学で学びNASAで働いている方々は結構います。宇宙飛行士訓練担当や宇宙船搭載ソフトウエアの開発や試験部門などです。「きぼう」や「こうのとり」プロジェクトの日本担当に、アメリカ人だけでなくベトナム人を多くアサインしていました。私が、「きぼう」開発プロジェクトで長く付き合った方は、ベトナム戦争で米国に避難した元南ベトナム空軍のパイロットだったハンさんでした。技術要求の検証担当マネジャーで、「きぼう」の様々な検証課題の調整で登場してきました。彼は、アジア人のよしみで、アメリカ人との対応についてしばしばアドバイスをくれました。「日本人は、言いたいことを言葉に出してあまり言わないし、いうべき会議の場で静かにしているのは、よくない。立ちあがってはっきり主張すべきだ!」としばしば、「きぼう」の技術者のところにきては、大きな周りにも聞こえる大きな声で言い、私の席に来て、日本人の国際人らしくない態度や発言に苦言を呈していきます。
 彼らの英語は、我々よりはるかに上手ですが、それでも英語の発音やアクセントで苦労していました。(3) NASAの幹部に、なぜベトナム人を多くアサインするのかは聞きませんでしたが、文化が似ているアジア人同士であれば、コミュニケーションがやりやすくプロジェクト推進がうまくいくと思ったようです。我々は、仕事をキチンとやってくれる方であればプロジェクト推進上問題はありませんでしたので、NASAの情報や動きを教えてくれる彼らとの付き合いはある意味ありがたかったのです。後に分かったことですが、彼らは、アジアで唯一参加している日本の「きぼう」や「こうのとり」プロジェクトをアジア人として手伝いをしたい、との思いがあったとのことで、自分のもっている知識や経験をしばしば我々に提供してくれました。また、彼らにとっても日本に出張できる絶好の機会だったようで、週末には京都や銀座などにグループで出かけて楽しんでいました。

参考文献
(1) 上原敏光、高波俊郎、「基本設計の頃-思えばバブル景気最盛期」、「きぼう」日本実験棟組み立て完了記念文集より、2010年、JAXA社内資料
(2) 「きぼう」開発プロジェクト在勤時代の田中秀孝氏メモ「NASA調整の経験から」
(3) 芝安曇著、「プロジェクトマネジャ自在氏の経験則 Ⅱ」,P.109、PMAJ,2008年

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