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「エンタテイメント論」(157)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :4月号

エンタテイメント論


第 2 部 エンタテイメント論の本質

7 本質
●MCA社・シドニー・シャインバーグ社長との面談
 筆者はMCA社のシャインバーグ社長との挨拶と一通りの会話が終わった頃合いを見て、思い切ってズバリ尋ねた。「MCA社のテーマパーク事業を根底で支える映画事業は、そもそも今日まで如何にして成功させてきたのか? また今後、如何にして成功させ続けていくのか?」と、、、。

 同社長は、にやりと笑いながら、「Good Question! Mr. Kawakatsu」と答えた事を今も鮮明に覚えている。

出典:若かりし頃のシドニー・シャインバーグ(後にMCA社長に就任)
出典:若かりし頃のシドニー・シャインバーグ(後にMCA社長に就任)
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 彼は、続けて「It’s “Portfolio”」と簡潔に答えた。そして「今迄も、このやり方で映画を作り続けて来たし、今後も作り続ける」と付け足した。

 彼が何の事を言っているのか? 筆者には直ぐに分かった。しかし確認するために敢えて尋ねた。「それは確率を高めるためですね」と、、、。「その通り!」と嬉しそうに答えた。そしてお互いに目を合わせ、頷き合った。

 この二人の会話を見た筆者の部下達は、「キョトン?」した表情を見せた。それを見た我々二人は爆笑し合った。今も懐かしい思い出となった。

 同社長と話した時間は短かったが、彼から得た内容は大きかった。しかも筆者のその後の映画、ゲーム、音楽などのエンタテイメント事業分野の経営と業務の「在り方」と「やり方」に極めて大きい影響を与えた。

 ちなみに同社長は、若かりし頃のスティーブン・スピルバーグと初めて接した時、スピルバーグの素質、才能を見抜き、彼を支援し、指導し、稀有の映画監督に、素晴らしい映画人に育てたと言われている。筆者も短い彼との面談時間であったが、同社長の凄さと立派さを直ぐに分かった気がした。そしてスピルバーグが同社長を師と仰ぐことに合点がいった。

 さて同社長が何の事を言っているのか? 筆者には直ぐに分かった。この事に気付いた読者には、以下の説明が「くどい説明」になるだろう。その場合は無視して先を読んで欲しい。しかし何の事か分からない読者には、「必要な説明」になるだろう。以下で解説したい。

●ポートフォリオ(Portfolio)とは何か?
 ポートフォリオとは、そもそも「紙ばさみ」から由来し、「ある目的を持ったひと固まりの書類の束」を意味する。なお欧米ではビジネス関係の書類はLetter size(日本のA4に近いサイズ)、法律関係の書類はLeagal size(A4より縦に長い)が主として使われている。

出典:ポートフォリオのいろいろ
出典:ポートフォリオのいろいろ
出典:ポートフォリオのいろいろ
出典:ポートフォリオのいろいろ paperlink.com.ph/images/portfolio

 昔、金融取引をしていた人達は、株式、社債、国債などの有価証券を「紙ばさみ」に挟んで何らかの入れ物に保管し、携帯していた。この事から上記の書類の束から転じて、書類入れ、書類の持ち運びケース、そして厚い書類入れカバンを指す様になった。

 現在では、更に転じて「ポートフォリオ」は、有価証券を含む諸々の金融資産を総称する言葉として用いられる様になった。例えば金融機関の年金基金、投資信託会社のヘッジファンド、政府系投資会社の投資ファンドなど広い意味で用いられている。また一般的には「有価証券一覧表」や「資産構成・金融資産一覧表」などの意味にも使われている。

 なおポートフォリオを構成する対象資産は、債券、株式、ファンド、通貨、不動産、デリバティブなど多様なものがあると共に、投資対象資産別に「株式ポートフォリオ」「債券ポートフォリオ」「通貨ポートフィリオ」などの「ポートフォリオ・コンセプト」と云う概念まで生まれた。

 1970年代に「モダンポートフォリオ理論」と云う安全資産と危険資産の最適保有の「在り方」や「やり方」を云々し、「リスク管理」を数値計算で分析する投資理論が創られた。その後、分散投資を計算するコンピューターを使ったソフトウェアが開発され、投資分野(資産運用)での実践的且つ実用的なソフトウエア―手法が次々と生み出された。

出典:ポートフォリオ・マネイジメントのいろいろ
出典:ポートフォリオ・マネイジメントのいろいろ
出典:ポートフォリオ・マネイジメントのいろいろ
出典:ポートフォリオ・マネイジメントのいろいろ
出典:ポートフォリオ・マネイジメントのいろいろ
lollipopsandlaptops.com/wp-content/uploads/2018/03/Portfolio

 その後、リーマンショックの金融危機を経て、現在のインターネット、スマートフォン、AI技術、ビッグデータの活用サービスなど新しい金融システムが登場し、今日のFinTechに繋がったのである。これらの技術は、マクロ経済学から波及した「金融経済学」、数理ファイナンスの「金融工学」などの理論をバックグラウンドにしている。

●映画ビジネスの成功の秘訣
 長々とポートフォリオを説明した。本論に戻す。MCA社長がポートフォリオと言った真意は何か? 聡明な読者は既に気付いたであろう。「気付いた通りである!」

 MCA社に限らず、ハリウッド映画会社は、年間膨大な映画制作のための製作費を自社又は他の映画投資会社と共に投資する。毎年制作される映画の数は物凄く多い。しかもその映画の種類(ジャンル)も多様である。例えば、冒険モノ、SFモノ、恋愛モノ、お色気モノ、喜劇モノ、歴史時代劇モノ、社会問題モノ、文化モノなどである。

出典:映画ビジネス&映画「アバター」
出典:映画ビジネス&映画「アバター」
出典:映画ビジネス & 映画「アバター」
clipground.com/images/movie-industry  moneyinc.com/CGI-Avatar

 これらの映画制作投資額や制作数は毎年一定量を保ちつつ、時流や流行に沿って映画の種類別制作割合を調整し、映画を制作し続ける。そして4~5年の中期間で1~2本の「世界的大ヒット」を出し、それまでの投資損を一挙に回収する戦略である。世界の映画都市ハリウッドは、こうして発展してきたし、こうして今後も発展し続けるのである。ちなみにMCA社は、当時、ETの映画で世界的大ヒットを飛ばした。

 以上の事が同社長が筆者に説明した「It‘s Portfolio」の内容である。

 余談であるが、筆者は、新日鐵MCAユニバーサル・スタジオ・テーマパーク・プロジェクトの総括責任者に就任する以前は、予算、決算、資金、税務等の経理の専門業務をしていた。更に米国新日鐵(株)のTreasurer(経理担当役員)としてNYに5年間駐在し、NYウオール街の米国の銀行や証券会社等からの資金調達、世界と米国の金融界の情報収集などの海外業務を経験した。筆者がポートフォリオの事に詳しいのは当然である。

●ビジネスの本質
 米国の映画事業も、金融事業も、同じ様に「確率論」を根底に置き、事業を中長期間に亘って成功させて来た。この観点から立つと、日本の映画会社は今も実存する。しかし真のビジネスの観点からは、日本の映画会社は、とっくの昔に滅んでしまった(別途説明予定)

 ビジネスの本質は、エンタテイメント業界でも、金融業界でも、鉄鋼業界でも、どの業界でも同じである。この事をハリウッドのMCA本社のシャインバーグ社長との会話で再認識させられ、不思議な感銘を味わった。この事を本稿を書いている今、思い出された次第である。

出典:エンタテイメント業界、金融業界、鉄鋼業界の象徴画像
出典:エンタテイメント業界、金融業界、鉄鋼業界の象徴画像
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bucket-full-entertainment-22366434.  marketcenter.org Financial20Capital.
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 ビジネスの本質がエンタテイメント業界でも、金融業界でも、鉄鋼業界でも、どの業界でも同じである事に関して、本稿での説明だけでは不明確である事を承知している。ついてはエンタテイメント業界と鉄鋼業界がビジネスの本質で近似している点を含め、別途の機会に説明する事としたい。
つづく

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