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ミシェル・オバマさんが教えてくれた力

井上 多恵子 [プロフィール] :2月号

 米国大統領選挙にまつわる様々な発言や事件に心が大きく揺さぶられたことがきっかけで、いつかは読みたいと思っていたミシェル・オバマさんの著書  ”Becoming”(邦題は『マイ・ストーリー』で1998年に初版)を手に取った。今回は、「ミシェル・オバマさんが教えてくれた力」と題して、この本から私が受け取った6つの力を共有したい。それらは、「オーセンティック」「レジリエンス」「学び続けること」「他者の成長の促進」「相手のストーリーに対する好奇心」と、「共感」だ。

 「あるがままの自分」という意味を持つ「オーセンティック」。近年求められているリーダーシップ・スタイルの一つに、「オーセンティック・リーダーシップ」がある。恰好をつけずに、自分の弱い面や過去の失敗なども共有して全体としての自分を分かってもらう、そのことにより周りの人の信頼も勝ち得ていくスタイルだ。”Becoming”には、ミシェルさんが感じてきた自身の弱い面や葛藤していた部分も記述されている。プリンストン大学、ハーバード・ロースクールを経て、将来の法律事務所のパートナー候補と言われた弁護士、コミュニティ活動での要職、大統領選挙勝利への貢献、そして大統領夫人としての社会的な活動という変遷にスポットライトを当てれば、美しい成功物語を綴ることができる。しかし、彼女はそうではなく、成長する過程でずっと持っていた”Am I enough?”(私は【この場に】十分【ふさわしい】なのだろうか?)という疑問や、夫が政治に入っていくことへの不安や子供達への心配も赤裸々に語っている。その「あるがままの自分」に触れて、私は彼女をより一層好きになった。

 「レジリエンス」は、逆境に出会った時に立ち直ることができる力だ。「貧しい生まれx黒人x女性」という3つの要素の掛け合わせにより生じた逆境を、ミシェルさんは繰り返し乗り越えてきた。私も彼女と同様の時期に、アメリカで暮らす中で日本人として差別を感じたことはあった。しかし、私の場合は、「商社マンの父親x教育水準が高い学校x経済力で世界から羨望の目で見られていた当時の日本」の組み合わせにより、彼女が経験したような差別を感じたことはなかった。学校での黒人の生徒はアフリカの外交官の娘さんだけで、ミシェルさんが経験したような差別の存在には気づかなかった。また、Black Lives Matter活動を通じて、今なお大きな問題が存在していることは報道を通じて理解はしていたものの、今回は、心で感じることができた。

 ミシェルさんのレジリエンスを支えていたのは「学び続けること」だった。両親や彼女の能力を見抜いた周りの人達からのサポートと、彼女自身の類まれなる勤勉さで、自分が属する環境をより良いものに変えていった。

 周りからのサポートが自分の成長に果たした役割を知っているミシェルさんは、自分もできる限り、「人の成長を促進すること」を心がけてきた。弁護士時代は後輩の弁護士に対して、そして大統領夫人時代は、子供向け施策としてそれを実現させた。それも単純に「甘やかした」のではない。貧しい地域の学校を訪問した際、「こうやって話をしてくれるのはいいけれど、実際に何をしてくれるの?」と聞かれた際には、「努力はしているけれど、政治では解決できないことも多い。でもあなた達にはこの学校がある。あなた達の成長を応援してくれる先生達がいる。それらを精一杯活用しなさい。」といったようなことを伝え、彼ら自身の努力も促した。

 ミシェルさんはすごい人だと報道を通して以前より思ってはいたが、彼女を信頼するところまでには至っていなかった。この本は、「相手のストーリーに対する好奇心」と「共感」を持つことで、相手との距離感を縮めることができることを教えてくれた。断片的な報道に触れているだけでは、真の姿はわからない。その人自身の言葉やストーリーに触れて初めて、その人を「ちゃんと」知ることができるのだという教訓になった。それから考えるに、普段接している人達のことを私はどこまで「ちゃんと」知っているのだろうか。全員を深く知ることは現実的ではないが、優先順位をつけて、これと決めた人達のことをもっと「ちゃんと」知ろうという努力はもっとやったほうがいいと気づかされた。そうすることで、もっといい関係性を大事な人達と築くことができるのだろう。

 今回彼女の本から学んだ6つの力の内、「学び続けること」と「人の成長を促進すること」は、人材育成の仕事を通じてこれまでも取り組んできた。より高いレベルで、引き続き実践していきたい。「相手のストーリーに対する好奇心」と「共感」も得意な力だが、前述したように、より多くの人達に対して発揮していきたい。一方、特定の領域でしか実践できていない「オーセンティック」をより多くの場面でできるようになることと、落ち込んでも回復を早められるようにしていきたい。

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