PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (124) (事例 民営化事業)

向後 忠明 [プロフィール] :2月号

 スリランカにおける自分の職務的位置づけの理解、そしてCEOとその再確認を行い、日本に帰国しました。
 帰国した後、そのままN社に寄って一時帰国の報告を行い帰宅しました。

 その後は一週間ほど準備の時間をもらい、再度スリランカに出かけることにしていました。その準備の間には妻にはスリランカの現状などを詳しく話をし、今度の駐在もインドネシアより長くなる旨の話をしました。
 妻もあの激動のインドネシアに3年程一緒に駐在を共にしていたので、外国での生活にはなれていましたのでそれほど驚いてはいませんでした。
 しかし、今度はインドネシアと異なり宗教間争いが原因の内戦であり、本格的な戦争状態でした。さらに厳しい駐在生活となるのが分かっていたので、一緒にスリランカに来ないで日本にいるように説得しました。
 ビジネスマンの宿命でもあるが、長期の駐在は男一人では不便な生活となるため、心の中では一緒にスリランカに来てもらうことをKさんは希望していたのですが・・・・・・・。
 しかし、妻はインドネシアでの経験もあり、スリランカへの駐在をあまり気にしていなかったようでした。
 そして、「心配なのでどうしても一緒に行く」との話となり、結局、妻と一緒にスリランカへ行くことになりました。
 その後は必要な駐在のための準備も完了し、スリランカへ向かうことになり、9時間の飛行機の旅に出ました。

 そして、スリランカのバンダラナイケ国際空港に着きました。しかし、何となく前回来た時より空港の雰囲気が異なり、そこここに小銃を構えた多くの軍人が通路に並んでいました。また、荷物検査もパッケージのすべて開けることを要求されバラバラになってしまいました。それでも、何とか荷物を整理し、迎えの車に乗って、今回決められた我が家へと向かいました。
 荷物の整理に時間がかかり日も暮れてしまい、暗い中、警笛を鳴らしながら、我々の乗った車はハイスピードで他の車を追い越しながら進みました。
 これが「スリランカの運転のやり方なのか?何となくインドネシアでの運転と同じだな」と妻と話していました。
妻も私の隣で「こんなスピードを出して大丈夫なの!」と話していた、その時、車が急にブレーキをかけ前の車とぶつからないようにして止まりました。それが原因で、後ろから来た別の車が追突してきました。2人ともかなりのショックで前のめりになり後ろに積んでいた荷物も落ちてきて妻の頭にぶつかりました。
 妻は、かなり痛かったようでしたが全く知らない土地であり、車の運転手もただオロオロするばかりで何もできない状況でした。救急車も呼ぶにも携帯電話もなく途方に暮れていたところ、追突した人が携帯電話を持っていたので、その電話を借りることができ、自宅となるマンションに電話して医者を呼んでおくように連絡しました。
 そして、そのまま事故処理のことも忘れ、すぐに同じ車でその場をたって自宅に向かいました。
 自宅は大きなホテル形式のマンションであり、自分の部屋もわからないので、前もって迎えに出るように伝えておいたN社の社員と共に自分にあてがわれた部屋に妻を抱きかかえながら連れていきました。
 部屋にはすでに心配してN社の数人の人と医者が来ていて早速診断してもらうことになりました。結果はそれほど心配することのないような状況でしたが、念のため詳細は翌日病院に行き精密検査をするということでその日は荷物の整理もできずにすべては明日ということで終わりました。

 このようにスリランカに着くなりの事故で、散々な目にあいました。

 翌日、早速初出勤ということで運転手付きの車で会社に出かけました。途中の道は日本やインドネシアと違って何となく天候のせいもあって雰囲気的に暗く感じました。道はさほど混んでいなかったので10分ほどで会社に着きました。
 以前は気が付かなかったのですが、今度は役員ということ会社には正式に正門から車ごと入ることになったので、警備員の誘導で門を入ったのですが、びっくりしたことは車が一段高い台車の上に登りました。何をするのかと思ったらおもむろに警備員が探知機のようなもので車の下を調べていました。
 外国の映画などでよく見るシーンですが、この操作は車の下の爆発物の確認をすることだったとのことでした。このようなことからも当時のスリランカの状況はインドネシアの場合と比較しても厳しいものと感じました。

 このことは電気通信といった重要公共建施設のスリランカテレコム(SLT)をテロから守ることで警戒を厳重にしていたのだと思います。
 それから今度は入館チェックということでここでもセキュリティーによる荷物検査を求められ、前回もらっていた入館証明書を示してやっとのことで所定の執務部屋に案内されました。

 Kさんの部屋は一応役員室ということで女性秘書と秘書役の男と給仕の3人が世話をしてくれるということでした。Kさんの部屋はかなり大きなものであり、秘書達の部屋もそれぞれ別にあり、少しびっくりしました。インドネシアの役員室よりはかなり広い執務室となっていました。
 それぞれの秘書達の紹介や職務分担を聞いた後、呼ばれたのでそのまま少し離れたところのCEOの部屋に行きました。CEOとは前回スリランカに来た時仕事の内容については話をしているので、若干の現状報告のみであり、後はあいさつ程度の話で、特に問題もなかったので、自分の執務室に戻りました。

 執務室に戻ってきたら早速秘書が分厚い書類を私のところに持ってきました。なんとその書類とは100枚以上の退職、移動、海外留学、各種調達品その他の報告書等々の承認申請書類でした。
 「この書類にCAO のサインが必要なのでよろしくお願いします」ということでした。「この書類の内容は当然すべて英語であり、めくらサインをするわけにもいかず、ゆっくり見てからサインをするので時間をください」と秘書に言いました。ところが「午前中に各部署に届けなければいけませんので!」と言うことでした。
 そこでKさんは男の秘書を呼んで「君はこの種の書類は前CFOの時はどのように処理をしていたのか?」と問いました。
 彼は「私がその書類の内容の概要を説明し、問題のある書類のみ抜粋し、その他は私の説明で納得し、サインしていました」とのことでした。
 Kさんもその方法を踏襲することにして、書類を何とか処理していくことができるようになりました。書類にサインし終わったあと、この種の書類について秘書に聞くと書類は毎日のように来るとのことでした。
 よくよく考えると10,000人の従業員や派遣社員の総務、人事、労務、調達ファシリティー管理、法務関係の書類や各支店や支所からの書類がほとんどCAOのところに来ることを考えると書類の量は膨大になることも理解できます。
 しかし、このような仕事がKさんの毎日の仕事となると今回の駐在目的の「組織の効率化、業務処理の向上、透明化、財務の健全化、労働組合の問題解決等」などは夢のまた夢となってしまいます。
 そこで、男の秘書にある程度権限を与えて書類を重要度や緊急度に分けて、CAO に持ってくるようにさせることにしました。
 それでも時間ができたときは秘書の行った書類のランダムチェックを含め重要・緊急と分けて詳細を無作為にチェックすることとしました。
 その結果、かなり時間の余裕もできたため、目的である人事改革と労働問題の課題に入ることができるようになりました。
 人事は非常にデリケートな問題であり、また日本人にはスリランカ人の文化、宗教・習慣そして「人となり」もわかりません。
 余り極端なことをやると今度は労働問題にも大きな影響を及ぼすことになります。そこで、これまで多くのプロジェクト経験から「この場合はどうしたら良いかを考え」情報収集から開始することにしました。
 そのため、対象を管理職クラスに絞り、この会社のリーダまたは管理者である人達の特質を下記のような観点で観察することから始めました。

  1. ① 現状の業務のやり方や問題への対応意識
  2. ② 期限順守の意識
  3. ③ 責任意識
  4. ④ 組織体制と従業員の意識
  5. ⑤ 責任分担の在り方
  6. ⑥ 会議のあり方
  7. ⑦ 計画性とそのフォロー(PDCAの実態)
  8. ⑧ 予算管理の在り方
  9. ⑨ 守秘事項への対応
  10. ⑩ 調達にかかわる問題

 これらを調査することは会社の健全性の確認そして人事制度及び規範の確立に必要であり、組織の合理的また効果的運営にも必要であると考えていました。
 Kさんは前身が公社であったN社の民営化直後に民間会社から移籍した際に第3者として公社の人達の行動パターンを見てきた経験から「多分このようなことではないか?」と上記の①~⑩までのことを想定しました。

 このような思考はP2Mのスキームモデルに相当する部分であり、実際の行動にでるための「ありのままの姿」から「あるべき姿」を見出すための行動パターンです。
 この当時、プロジェクトマネジメントに関する標準ガイド等に類するものは普及してない時代でしたが、Kさんの長いPMとしての習慣から出た発想と思います。
 しかし、このような多くの項目を短期間に一人で調査・分析するには限界もあります。そのため、以前から駐在してSLTで実際に業務に携わっているN社から派遣された人に聞くことにしました。

 そこで、ヒアリングするには最も適切な人はだれが良いか考えた結果、工事と設備運営担当の役員であるCTO(Chief Technical Officer 日本人)と関連する内容をよく知っている人を集めて、グループ討議をすることにしました。
 いわゆるブレーンストーミングです。
 このCTO は私がンドネシアでの建設本部長の時の部下であったので聞きやすいこともあり、彼を頼ることにしました。
 その他、Kさんは人からの意見徴収だけでなく自分の目で確かめることも重要であることから本社及び各支局を巡回し、現地のローカルの従業員にもヒアリングを行うことにしました。

 この続きは来月号にて話をします。

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