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「エンタテイメント論」(154)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :1月号

エンタテイメント論


第 2 部 エンタテイメント論の本質

7 本質
●前号で約束した事
 前号では、「ビジネス業界(理性思考が大勢を占める業界)」に「エンタテイメント思考(感性思考を核とする考え方)」を活用する事例を論じた。本号では、前号で約束した事、即ち「エンタテイメント業界(感性思考が大勢を占める業界)」に「ビジネス思考(理性思考を核とする考え方)」を活用する「逆」の事例を論じる。

 また前号で同じく約束した事、即ち「固定概念」や「先入観」を如何に排除し、「優れた発想」をするか? この方法も紙面の許す範囲で論じたい。

●リチャード・エドランド (Richard Edlund)
 「リチャード・エドランド」と言っても、映画やアニメなどの関係者やマニア達を除き、本稿の読者を含め多くの日本人は彼の事を知らないだろう。しかし「スターウオーズ」、「レイダーズ」、「ポルターガイスト」と云う世界的に大ヒットし、今も再上演されている映画は誰でも知っている。

 これらの映画の「あり得ない世界」を「あり得る世界」に見せ、そのストーリー展開を最高に面白く引き立たせ人物が「リチャード・エドランド(1940年生まれ~)」である。彼はこれ等の映画でアカデミー賞(視覚効果賞、特別業績賞)を6つも受賞した。彼の「SFX(特撮)」の監督とその特撮技術がなければ、これ等の映画を世界的にヒットさせる事は出来なかったと言われている。彼はまさに特撮の神様である。更に彼自身、特撮のための装置などを開発する技術屋でもある。

  出典:リチャード・エドランド 
下記の業績図を含む Yahoo.wikipedia.org/wiki/ 出典:リチャード・エドランド
下記の業績図を含む
Yahoo.wikipedia.org/wiki/

出典:リチャード・エドランド 
下記の業績図を含む Yahoo.wikipedia.org/wiki/

●エドランド特撮監督と筆者の出会い
 ある日、某映画制作グループのメンバーで友人の某氏から電話があった。「川勝さん、是非会わせたい人がいる」と言われた。紹介された人物は来日中の「リチャード・エドランド」であった。

 友人は、エドランド監督に筆者を紹介する時、筆者が岐阜県理事の官僚であると知ると混乱すると考えた。その為に筆者の前歴を詳しく説明しておいたと電話で語った。特に新日鐵時代、MCAユニバーサル・スタジオ・ツアープロジェクト(新日鐵USJ)の開発総責任者であった事、しかし同社は本プロジェクトを中止した事、その経験を買われ、セガにスカウトされ、ジョイポリスを成功させた事、更にその成功で岐阜県知事にスカウトされ、公務員試験を経て岐阜県三役の官僚に就任し、現在、岐阜県が主導する新プロジェクトに従事している事などであった。

 その事前説明が効を奏した。筆者がエドランド監督に会った瞬間、彼から質問責めに遭った。彼は来日中、日本の映画、音楽、舞台などの関係者ばかり会い、会わされていた。その為かUSJ事業、ジョイポリス事業、公共事業と云うビジネスに直接参画した筆者には特に強い関心を抱いたとエドランド監督自身が述べた。彼は映画人であると同時に企業人である事が分かった。

 彼の矢継ぎ早の質問に答えた後、筆者も負けじといろいろ質問した。両者の質疑応答が一段落すると友人に依る新しい話題への誘導があり、話しは尽きなかった。3人共、ワインで酔いが回り、完全に打ち解け合った。彼は「私をRichardと呼んで欲しい。貴方のニックネームは何か?」と尋ねた。「Aki(Yoshiaki)と呼んで欲しい」と答えた。

●Fantasy & Reality
 筆者は、最も答えるのが難いだろうと考えていた質問を彼に行った。

 彼は、開口一番、「Aki、Good Question!」と快活に大きい声で答えた。そして彼の答えは、筆者の予想に反して単純明快であった。「Fantasy & Reality!」と即答した。しかし謎めいて筆者も、友人もキョトンとした事を覚えている。

 筆者の質問とは、「映画を成功させるために最も重要で不可欠な要因(秘訣)は何か?」であった。その質問の真意は、その要因が無ければ、他の要因が幾ら充足されても成功しないと云う意味の要因である。それをCrucialと云う英語を使った。しかし自信がなかったのでEssentialと言い直した。同監督は「Crucialは成否の時に使う。間違っていない」と親切に教えてくれた。

 彼は、キョトンとした筆者と友人の表情を見て、「Fantasy」とは、夢想、空想、楽しい事、夢などへの追求思考(筆者注=感性的思考)を、「Reality」とは、現実性、具体性、本物らしさ等への追求思考(筆者注=理性的思考)を意味すると解説した。

 その上で、「Fantasy」を追求する映画を作っても、それに「Reality」が無い映画は失敗する。逆に「Reality」を追求する映画を作っても、それに「Fantasy」が無い映画は失敗すると主張した。友人は「なるほど。だからスターウオーズに出て来る宇宙戦艦は、本物そっくりに見せるため微細且つ精緻を極める形で作られ、表現されているのか!」と納得した。

出典:スターウオーズの宇宙戦艦 https://starwars.fandom.com/wiki/Capital_ship
出典:スターウオーズの宇宙戦艦 https://starwars.fandom.com/wiki/Capital_ship

 3人の話題は、映画、音楽、演劇から次第に映画事業、テーマパーク事業、エンタテイメント事業などビジネス論に移行した。彼は、映画に代表されるエンタテイメント業界(感性思考が大勢を占める業界)に本物思考(理性思考)を導入し、活用する事が必要なこと、逆にビジネス業界(理性思考が大勢を占める業界)にエンタテイメント思考(感性思考)を導入し、活用する事が必要なことを熱っぽく語った。筆者の前号と本号で訴えた課題は、Richardが提起したものである。

 筆者は、3人の懇談した数年後、Richardに再会した。筆者は上記の岐阜県が主導する新プロジェクト、即ち「昭和村プロジェクト」を実現するため某大企業の社長に会うために渡米した。その際にRichardが帰属するボス・フィルム社を訪問した。久方振りの再会を楽しんだ。彼は筆者を特別の撮影工房に案内した。

 スターウオーズに出て来た宇宙戦艦やデス・スターなどが工房の棚にあった。映画の画面では超巨大な宇宙戦艦は、手を広げた位の小さな模型であった。びっくりした。彼は得意気に「Aki、これが特撮の妙味だよ。大型特殊カメラを開発し、ミリ単位の超スローで移動しながら撮影するのだ」と様々な特撮の「秘訣」を教えてくれた。筆者は、幾つかの参考になった「考え方」を得た。しかし筆者は映画撮影では素人。彼が説明した特撮の「秘訣」は「猫に小判」となった。

●ダイハードのクランクイン(撮影開始)
 さて3人の懇談の終わり頃、彼は、突然、思い出した様に言い出した。「Aki、近々、ダイハードと云うタイトルの映画がクランクインされる。この映画の特撮を担当する。完成したら是非、観て欲しい」と言った。筆者と友人は即座に「勿論、OK」と約束した。

 筆者も、友人も「Die Hard?」と理解出来ず、尋ねた。彼は「この映画では、なかなか死なないと云う意味で使われている。ブルース・ウィリスが演じる主人公は、ビルをハイジャックした悪人と一人で戦うストーリーだ。悪人にとって「簡単には死なないクソ野郎」であると笑いながら答えた。

ダイハード

 彼は、この映画では格闘シーン、銃撃シーン、爆発シーン、車や建物の破壊シーンなど様々な見せ場があると説明した。それらシーンで、どのシーンが本物の状況を撮影したものか? どのシーンが偽物の本物そっくりの状況を作り、それを撮影したものか? その結果を知らせてくれと言った。

 筆者と友人は、後日、完成した映画を観て、真偽を判断し、彼に知らせた。我々の答えは半分ほど間違っていた。例えば、エレベーターの上下走行空間で火災が起こり、爆発するシーン、ビルの屋上が燃えるシーン、そもそもビル全体のシーンなどが本物と思った。しかしどれもこれも偽物のシーンであった。

 彼は懇談の時に集約して語った内容は印象的であった。スター・ウォーズの映画の様に誰も知らない「非日常的な状況(Fantasy)」を特撮によって本物そっくりの日常的に存在するシーン(Reality)に変換して見せる。観客は本物と思えて驚く。

 しかしそれだけでは不十分である。誰もが知っている「日常的な状況(Reality)」が撮影されたシーンと観客に思わせておいて、突如、その「日常的状況」のシーンが根底から破壊されるシーン(Fantasy)を観客に見せる。「まさか!」と驚く。しかし実際は、本物そっくりに構築された「偽物の日常的状況」の特撮によって創られたものである。

 以上の2つが特撮の神髄(本質)だと彼は熱っぽく主張した。そしてSFXのアカデミー賞をダイハードで取りたいと語った。ダイハードはアカデミー賞にノミネートされた。しかし残念ながらアカデミー賞は取れなかった。アカデミー賞の審査員は誰も、彼の特撮の本質を理解していなかったからだと思う。

 彼の「Fantasy」と「Reality」の主張は、筆者の「夢工学」の「パトス論」と「ロゴス論」に符合する。また「デック思考」に大きいヒントを与えた。紙面の制約でこの続きは次号にしたい。

 なお「固定概念」や「先入観」は、彼の「Fantasy」と「Reality」の主張を活用することで打破され、排除される。しかも「優れた発想」までも誘発するのである。この事を次号以降で再度取り上げ、詳しく解説したい。

 最後に本号で記述した「某映画制作グループ」とは? 筆者の友人の某氏とは? 岐阜県が主導する「昭和村プロジェクト」の実現のために会った某大企業の社長とは? 次号以降で明らかにする。彼らは本エンタテイメント論に関係がある人物だからである。
つづく

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